第82章―7
そして、そんなことがあった翌朝。
鷹司信尚と美子は、息子達に起こされることになった。
「どうしたの」
美子が少し寝ぼけながら、息子達に訊ねると、
「体を家族で鍛えましょう、と母上は言われました」
「そうですよ。一緒に走りましょう」
教平と松一は、口を揃えて言った。
「そう言えば、そう言ったわね」
美子は、(内心では渋々)夫と共に起きて、子ども達と走ることになった。
(尚、智子も結果的に共に走ることになった。
一人だけの仲間外れは嫌だ、と智子がダダをこねた末、それなら、お前も一緒に走れ、と兄弟に責められた結果だった)
そして、家族5人で早朝に走ることになったのだが。
摂家の一家にして、尚侍までが京の街中を走るとなると、警護の者ナシで走る訳には行かない。
美子としては、磐子を当てにしたいところだったが、さしもの磐子にしても通いの身であり、流石に早朝に共に走るのには難色を示した。
そんなことから、初日は流石に無かったが、翌日以降は皇宮警察からその為の要員を、毎朝、発出してもらう事態となった。
そうなると、美子の悪い癖が出た。
人まで出して貰う以上、早朝ジョギングを止めるに止められなくなったのだ。
そんなことから、4回目の妊娠ということもあったが、それなりどころではなく美子のお腹が目立つまで、家族5人での早朝ジョギングが続き、更に美子が4人目の子を産んで、ある程度、回復したら、又、家族5人での早朝ジョギングが行われる事態となった。
(更に余談をすれば、美子が出産前後に走るのを休んでいる間は、信尚が音頭を取って、子どもと4人で早朝ジョギングが続けられることになった)
そして、教平と松一の方が、先に音を上げる事態となった。
自分達から走る、と言い出した以上、更に母の美子の性格も相まって、止めたいと言えなかったのだ。
尚、信尚は美子に味方して、健康の為にも家族で頑張って走ろう、と言う有様である。
又、智子は冷たいまなざしを、兄弟に向けてくる。
早朝ジョギングが、こんなにつらいとは、(内心で)泣きながら兄弟は走る羽目になった。
そんなこんながあって、家族での早朝ジョギングを始めて1年程が経った頃。
「それでは、もう1周、夫婦で走ってくるから」
「父上、母上、頑張って」
美子が言い、智子は両親をそう言って見送った。
尚、教平と松一は、20分程のジョギングでくたびれ果て、ほぼ声が出ない有様である。
「本当に母は運動が苦手だったのかな」
「母の同級生だった完子小母さん以下、母を知る人は皆、そう言うけどな」
兄弟は愚痴り合った。
「本当に情けない。1キロ7分で、3キロ走るだけで息を切らして」
智子は兄弟を睨みながら言った。
尚、智子も息を切らしてはいるが、それこそ兄の教平よりも元気な有様だ。
兄弟は、運動に関しては、智子が美子の血を最も濃く引いていると想わざるを得なかった。
一方、信尚と美子だが。
「子どもがいなくなったから、速度を上げて、4キロ走るか」
「良いですね。私が先導しましょうか」
「いや、妻に先導されては、流石に恥だから、何時ものように私が先導する」
「はい、はい」
そんな感じで、信尚と美子は更に4キロを20分程で走り切ってから、帰宅した。
「本当にフルマラソンを4時間以下で走れそうだな。一度、大会で挑戦したいものだ」
「それには、偽名を使う必要がありそうですね。流石に摂家の面々が、大会に参加するのは、色々と問題を引き起こすでしょう」
「そう言われればそうか」
何時ものように、信尚と美子は夫婦で走り終えた後で、そんな会話を交わした。
美子は改めて考えた。
本当に夫は薨去するのだろうか。
ここまで健康そのもの、としか言えないのに。
美子には謎だった。
ほぼ毎日、3キロを20分程で走った後、更に4キロを20分程で走る等、市民ランナーとしては遅すぎ、フルマラソン完走も難しい、と叩かれましたが。
小説ということで、緩く見て下さい。
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