第82章―6
そんな風に鷹司信尚と美子が、夫婦の会話をしているのを、今上(後水尾天皇)陛下は、何とも言えない想いをしながら、見守らざるを得なかった。
後数年の辛抱の筈、そうすれば、信尚は死んで、自分が美子と結婚し、美子を中宮に冊立するのに障碍は無くなる筈だ。
それまでは、黙って辛抱しよう。
それにしても、本当に信尚は薨去するのだろうか。
特に病の噂も無いようだし、今日も元気に鷹狩りに興じているようだが。
だが、その一方、自分と美子が結婚した場合、信尚と美子の間の子は、どうすべきだろうか。
皇居で引き取るべきだろうか。
その辺りは、追って考えるべきだろう。
そんな風に今上陛下が考えていると、信尚が奏上して来た。
「兎は多産の象徴。我が家で仕留めた兎3羽をお贈りしましょう。どうか御上と后の間に、多くの子が恵まれますように」
「おお、それは有難い。千江も18歳になった。余り若くして子を産むのは差し障りが多い、と医師が言うので房事(性交)を控えていたのだが。そろそろ子作りに励んでみよう。鷹司家からの兎の進物を受け取れば、きっと后は元気な皇子女に恵まれよう。それならば、この山鳥を引き換えに渡そう」
「それは一番の獲物。その横の山鳥で充分です」
「何を言う。多産の象徴の兎を3羽も贈られた返礼だ」
「そこまで言われるのならば」
今上陛下と信尚のやり取りは一段落し、そのやり取りを聞いた千江と美子は微笑みを交わした。
他にも幾つかの獲物をお互いに交換した後、鷹狩りを終えて、それぞれは鷹匠たちと共に帰宅した。
鷹狩り場で獲物について、応急の処置は済ませるが、それ以上のこととなると、やはり帰宅して台所等で捌かざるを得ない。
それぞれのところでは、料理人等が腕を振るうことになった。
そして、皇居では。
「この兎料理は初めて食べるな」
「養母(のエウドキヤ女帝)が、ローマに滞在したときに、そこの料理人が作ったモノで、お前にも食べさせたいとして伝えてきたのを、作らせてみました。ローマの方では、このように食べるとか」
「ほう」
ハーブをふんだんに使った煮込み料理で、ハーブの香りが兎肉と合っており、本当に美味い。
今上陛下と千江は、兎肉を美味しく味わった。
「それでは、(房事を)頑張らねばな。其方の姉達は、早く甥姪に会いたいだろう。その為にも、兎を贈ったのだろうからな」
「そうですわね」
二人は更に会話を交わして、同衾した。
さて、九条家は九条家で、色々と子どもらを交えて賑やかに過ごし。
鷹司家は、鷹司家で賑やかに過ごすことになった。
今上陛下から賜った山鳥の左右どちらの太腿肉を、誰が食べるのか。
教平と松一は、お互いに競い合った末、くじ引きまでする羽目になった。
そして、左右どちらの腿肉が美味いかまで、兄弟の議論は白熱して、信尚と美子は暖かく見守った。
その一方、信尚と美子は、娘の智子と共に兎肉の吸い物を味わっていた。
智子は、美子が17歳の時に産んだ子で、今では初等部に通いだした身である。
「後、10年もしない内に縁談が来るだろうな。誰と結婚するかな」
「気が早い話をしますね。私としては、一条昭良殿は如何か、と考えますが」
「確かに摂家の一条家の当主だし、3歳差だな。確かに良い話になりそうだ」
(一条昭良は1605年生、鷹司智子は1608年生です)
夫婦は暖かい会話を交わし、それを聞いた智子も微笑んだ。
そして、兄弟の議論は結論が出る前に、二人のまぶたが垂れて寝入ることになり、智子も寝入った。
(尚、鷹司信房やその妻の輝子は別途、夫婦で食事を楽しんでいた)
そして、信尚と美子は、
「さて、子どもをつくるかな」
「今度は双子とかはどうですか」
と会話を交わして同衾した。
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(尚、最初は鷹司信房らも、鷹司信尚や美子らの食事の場に居たのですが、野暮な気がして、別の場で食事をしていることにしました)




