第82章―5
そんな想いを鷹司(上里)美子はしたが、そんなこととは無関係に時が流れて、鷹狩りの日は来た。
そして、家族、夫婦単位で分かれて、鷹狩りの成果を競い合うような事態が起きて。
「流石は陛下です」
「褒めても、獲物を分け与えることしかできぬぞ」
「そうは言っても、雉や山鳥等、良い獲物ばかりではないですか」
「確かに」
そんなやり取りを、今上陛下と皇后陛下、更には九条幸家夫妻と鷹司信尚夫妻は交わしていた。
美子は、そんなやり取りを聞きながら、想った。
本当にこの鷹狩り場は、色々な意味で楽しめる場所だ。
それこそ、この時期というのもあるが、鷹狩り場の中にある池にはマガモ等が渡来してきていて、鴨肉さえも獲れる。
又、野兎等もいるようで、本来の鷹狩りの目的、様々な野鳥狙いからは外れるが、野兎を鷹、ハヤブサが仕留めることも稀ではなく、それはそれで良い獲物を得たといえるだろう。
尚、九条幸家夫妻は、今回はマガモ狙いに徹したようで、それなりに良いマガモを主に仕留めている。
一方、自分達は、結果的に虻蜂取らずになったようで、雉や山鳥を仕留めてはいるものの、野兎が獲物として、それなりにいる状況だ。
とはいえ、こういったことも鷹狩りの醍醐味の一つと言えるだろう。
それこそ鷹を飛ばして、獲物を仕留めるのだが、必ずしも放った鷹が狙った獲物を真っ直ぐに必ず狙うのか、というとそんなことは無いからだ。
勿論、それが大半なのだが、放った鷹が狙った獲物以外に気づいて、そちらを狙うことがままある。
今回、自分達は雉や山鳥を主に狙うつもりだったのだが、野兎を結果的に鷹が追う事態が多発してしまったようだ。
鷹司家の鷹匠は、鷹が結果的に狙った獲物以外を仕留めることが多発したことに、首を捻るような様子を呈しているが、こうしたことがあるのも、鷹狩りの楽しみと考えるべきだろう。
そんな風に美子が考えていると。
「それぞれの獲物を適宜、交換せぬか。兎を妻の千江が好んでおるのでな」
「そう言えば、そうですね」
「妹は兎肉に慣れ親しんでいますから」
そんな会話が交わされだした。
美子は想った。
徳川家においては、兎は縁起の良い食べ物とされており、例えば、年始の吸い物として、できる限りは食べ続けられてきたとか。
完子は割合、早めに日本に留学したので、そんなに食べていないが、千江はずっと徳川家で育ったこともあり、兎肉を好むと聞いている。
それを聞いた鷹司信尚が、美子に小声で尋ねてきた。
「御上に兎を3羽程、差し上げて、代わりに山鳥を1羽求めるか」
「それで良いと思いますよ。御上が受け入れればですが」
美子は即答した。
自分らの子どもらにとっては、山鳥の肉の方が好みだろう。
そんなことを夫婦で会話していると、完子が話しかけて来た。
「それにしても、兎が6羽も獲れるとは。兎は多産の象徴と言うわ。そろそろ鷹司家も4人目をつくったら」
「そうね。そろそろ、つくってもよいかもね」
「我が(九条)家は5人もいるのだから、鷹司家も頑張るべきよ」
美子は完子とやり取りをしながら、夫の信尚と目で会話した。
美子とて、10代で3人の子を産んだ身であり、4人目を産むことを考えていた。
だが、医師から、母体の負担を考えて、妊娠出産に少し間を空けるように勧められ、又、尚侍の仕事が色々な意味で多忙なことから、信尚も美子を気遣い、暫く間を空けていたのだ。
(後、美子にすれば、信尚がほぼ確実に若死にすると考えているのもあった。
父の顔を覚えていない子を産み育てるのはどうか、と美子は妊娠出産を思わず躊躇ったのだ)
そうね、松一を産んで6年も経つ。
4人目をつくって、育てても良いだろう。
信尚と美子はそう語り合って決めた。
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