第82章―4
そんなこんながあった末、今上(後水尾天皇)陛下が呼び掛けた週末の鷹狩りは、鷹司信尚夫妻に加えて、九条幸家夫妻も参加して行われることになった。
狩場になる南丹波の山間部までは、(この時代なりに)自動車で赴くので、泊り掛けの大事にはならないが、そうはいっても今上、皇后両陛下に加え、摂家の次期当主二人にその妻、更に言えば、その妻の一人は宮中女官長の尚侍という面々による鷹狩りである。
そうしたことから、皇居等の警護を行う(独立)近衛大隊からは、表向きは勢子として、1個歩兵小隊を警護等の為に発出する事態が引き起こされることになった。
(この世界では、いわゆる戦前世界を引き継いだ関係から、宮内省、内大臣府の下に護衛、警備や防疫、消防等の為の皇宮警察が存在する一方、宮中を守護すると称して(独立)近衛大隊が常設されている。
尚、近衛大隊は歩兵が主戦力だが、示威等もあって、4個機械化歩兵中隊に加え、1個自走砲兵中隊や1個戦車中隊を加えて編制されており、機械化歩兵大隊としては世界最強と呼号していた)
そして、そういった勢子が参加することで、結果的に極めて盛大な鷹狩りが行われることになったが。
「早く僕たち兄弟も鷹狩りに参加したい」
「そうだ。僕達も連れて行って」
そう鷹司教平や上里(鷹司)松一は、両親である鷹司信尚や美子にダダをこねることにもなった。
二人共に分かってはいる。
鷹司教平は1606年生まれであり、上里(鷹司)松一は1610年生まれである。
共に10歳にもならない身で、山野を駆け巡る鷹狩りに参加するには年少すぎるのだ。
「我が儘もいい加減にしなさい。二人共に学習院高等部に入るまでは我慢しなさい。鷹狩りは山野を駆け巡る以上は山の中で迷う等、それなりに危険があるのよ」
だから、美子はそう言って、子どもを叱ることになった。
それに対して、信尚は、
「もう少し大きくなって、お前達が高等部に入ったら、一緒に鷹狩りを楽しもう。それまで、我慢してくれ。その代わり、今日の獲物の最良の部分を食べて良いから」
「本当」
そんなやり取りを息子達とすることになり、息子達はそれなりに機嫌を直した。
それを聞いた美子は、決して顔に出ないようにしながら、改めて想った。
夫の約束は、教平はともかく、松一とは決して果たせない約束になるだろう。
木下小一郎元首相の件からすれば、本当に絶対確実とまでは言えないが、ほぼ間違いない未来を、自分は知っているのは、それなりにつらいことだ。
だが、運命に私は抗える限りは抗ってみよう。
そうだ、少しでも健康が維持できるように子ども達を誘い、更に夫を誘って日頃から走るのはどうだろうか。
更に、そう考えた美子は、子ども達を誘うことにした。
「鷹狩りを本格的にする以上は、山野を走り回れるように、今から体を鍛えておいた方が良いわね。本気で鷹狩りを将来、やりたいのなら、明後日から私と、雨や雪が降っていない日は毎日、走って体を鍛えましょう」
「「はい」」
母の美子の言葉に、息子達は即答した。
それを聞いて、信尚は黙って肯いたが、続けての美子の言葉に驚愕した。
「貴方も一緒に走ってね」
「えっ」
「今から体を一緒に鍛えておかないと、息子達が大きくなった際に、今度は貴方が付いていけなくなるわよ。私も走るから、一緒に頑張りましょう」
美子は追い討ちを掛けた。
「分かったよ。確かにそうだな。自分も子ども達に負けないように、体を鍛えるよ」
妻の言葉に信尚は言った。
美子は考えた。
食事に配慮し、充分な運動と睡眠をとらせ、それなりに健康診断を受けさせて、何としても夫を長命させたいものだ。
とはいえ、何処まで運命に抗えるのか、美子は不安だった。
言わずもがな、かもしれませんが。
九条幸家の妻の完子は、(この世界では)皇后陛下の徳川千江の同父母姉であり、鷹司(上里)美子の親友でもあります。
そうした縁から九条幸家夫妻も鷹狩りに参加することになりました。
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