第82章―2
余談に近い話になりますが。
鷹司という姓は、外国から誤解されてもおかしくないということで。
少なからず話がズレるが、この信尚と美子の鷹司という姓は、ヌルハチに誤解を生じさせて、一時は信尚を少なからず不機嫌にさせる事態を引き起こしてもいる。
鷹司という姓から、ヌルハチは鷹司家は皇室の鷹匠から立身して五摂家、日本の五大公家の一つになったと誤解する事態が、かつて起きることになったのだ。
(尚、鷹司の姓だが、家祖の近衛兼平の邸宅が鷹司室町にあったことに由来するもので、鷹匠とは全く無縁のことから、鷹司を姓として名乗っている)
ヌルハチは、(極めて大まかな説明になるが)自分もその一員といえる北方遊牧民族においては、鷹匠は族長、国王に近習する側近であることが多く、更に言えば、そういった縁から、鷹匠が重臣にまでなった例が稀ではない。
それと同じ、似たような縁から、鷹司家は五大公家の一つにまで出世したと誤解したのだ。
(えっ、というツッコミが起こりそうなので、補足説明をこの際にすれば。
著名な実例としては、元朝のクビライが創設したといえる侍衛親軍の起こりの一つが、鷹匠なのだ。
そうしたことからすれば、ヌルハチが誤解しない方がおかしいとまで言える)
そして、ヌルハチは、美子が夫妻の間の長男になる教平を産んだ際の出産祝いの一つとして、皇室の鷹匠を務める鷹司家に相応しい鷹をお送りする、という書状を副えて雌の海東青、シロハヤブサを送ってきたのだが、このことは信尚を酷く不機嫌にさせた。
「我が鷹司家は、皇室の鷹匠を務めるような下賤な家柄ではない。鷹司家は摂家の一つである」
という理屈からである。
それを宥めたのが、美子だった。
「それこそ鷹匠の地位は、国、地方によって様々ですよ。ヌルハチ殿のおられるところでは、鷹匠は極めて高い地位を占めており、国王、族長の側近で、日本で言えば、摂政や関白を務められることも稀ではないとか。ヌルハチ殿は、鷹司家も同様と考えられたのでしょう」
そう美子は信尚に言ったのだが。
「そうは言っても、少し調べればわかる事だろう。我が鷹司家が皇室の鷹匠を務めていないのは」
と信尚は不機嫌を隠さずに、美子に言う有様だったが、美子の続けての言葉に考えざるをえなかった。
「平家物語で、源(木曾)義仲が、猫間(藤原)光隆殿をからかわれたのを知りませぬのか」
「いや、当然に知っておる」
流石に信尚としても、平家物語を知らないと言っては、自らの無知を晒すことになりかねない以上、そう美子に言わざるを得ない。
そして、更に言えば、義仲は、猫間光隆が中納言を務めていたことから、京では猫が中納言を務めるのか、と愚弄するようなことまで言った等の逸話が、平家物語にて遺されている。
「義仲は日本国内のことでさえも誤解していたのです。外国の方が、日本のことを誤解していても、全くおかしくないでしょう。それこそ、私の義姉にして実母の広橋愛が、密やかに信じているマンダ教のことを貴方はどれ程、御存知なのですか。マンダ教のタブーに触れないことが、貴方はできるのですか」
「それを言われると、私も黙らざるを得ないな」
美子の言葉に、信尚もそう言わざるを得なかった。
「先程、私が言ったように、ヌルハチらの下では鷹匠は極めて高い地位を占めるのです。私は皇室の鷹匠は務めていませんが、このような素晴らしい海東青を贈物としていただき、感謝します、と返答すれば良いことでしょうに。後は私の父(上里清)が説明するでしょう。怒られるまでのことではありません」
「確かにその通りだ」
美子の更なる説得に、信尚はそう言わざるを得なかった。
そして、信尚は美子の言葉に従って返答等をして、ヌルハチはその後で真実を知り、信尚に非礼をしたと詫びる事態が起きたのだ。
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