第81章―22
藤堂高虎は、エウドキヤ女帝からの急な呼び出しを受けて、何事が起きたのか、と緊張しながら、御前に赴く羽目になっていた。
最近、特に女帝の癇に障るようなことは無かった筈だが。
そう高虎が考えながら、竜顔を拝すると、エウドキヤ女帝は何とも複雑な顔をしている。
本当に何事か、と高虎が更に考えていると、女帝は口を開いた。
「養女の千江から手紙が届いた。日本と北米共和国が協働で、火星等の探査をするようです。一応、母上にもお知らせしておきます、とのことだ」
「何と」
女帝の言葉に、高虎は頭を回転させた。
宇宙開発は世界各国の共同事業ということになっているが、大国、具体的には日本、北米共和国、ローマ帝国それぞれの都合があり、大国は独自の宇宙開発拠点を持っている。
だから、日本と北米共和国が協働で何らかの宇宙開発をしても咎められるようなことではないが、我がローマ帝国がハブられるというのは、何とも癇に障る話だ。
下手をすると、両国が得た火星等の知見について、両国が独占する可能性さえもある。
「如何なさいますか。私としては、そういったことは世界各国の共同事業の中で行うべきこと、日本と北米共和国が協働でやらなくとも、と外交で働きかけても良い、と愚考しますが」
「うむ。朕もそう考えるのだが、どうも引っ掛かることがあってな」
「何が引っ掛かるので」
「千江の手紙の裏に、何故か鷹司(上里)美子の顔がチラついてならぬのよ」
「幾ら何でも考え」
エウドキヤ女帝の言葉に対して、高虎は軽く返し掛けたが、思わず自分も言葉を止めた。
確かにその可能性は否定できない。
二人共に、その考えにたどり着いたのだ。
千江と美子が仲が良いのは公知の事実といって良い。
そして、千江がわざわざエウドキヤ女帝に手紙を書いて寄こすとは。
美子が手紙を書くように示唆した可能性は否定できない。
では何故に、そんなことを美子は千江に示唆したのか。
単純に宇宙への好奇心から、そんなことを美子がする筈が無い。
何らかの理由がある筈、と考えられるが、その理由が二人には思い当たらない。
二人の間に、暫く沈黙が垂れ込めることになった。
結果的に沈黙を破ったのは、エウドキヤ女帝だった。
「本当に悩ましいが、この際、千江の手紙にのって、火星等の探査については、世界各国の協働で行うべきだ、と働きかけざるをえまい。日本と北米共和国が知見を得る一方、我が国が得られないという事態は避けるべきだ」
「御意」
エウドキヤ女帝の言葉に、高虎も同意せざるを得ない。
だが、それをするということは。
高虎はエウドキヤ女帝に言わざるを得なかった。
「必然的に我が国は、宇宙開発にそれなり以上に資金等をつぎ込むことになりますが、それをやってはシベリアや中央アジア方面の施策に投入する資金等が減ることになります」
「それは分かっておる。やむを得ないだろう」
高虎の忠言に、エウドキヤ女帝も渋い声を挙げた。
日本等の対明戦争が終わったとはいえ、戦争の後処理にはそれなり以上のモノが必要不可欠だ。
そういったことから、それなりの工作をモンゴルや後金、更には日本に対して仕掛けよう、とローマ帝国は考えていたのだが、宇宙開発に資金等をつぎ込んでは、モンゴル等への工作を小規模にせざるを得ない。
「まさか、そこまで考えて、今回の件について、美子が動いたのではあるまいな」
「アリエナイと考えたいですが、これまでの様々な所業、何しろ世界三大国を結ぶ日本の天皇陛下と徳川千江の婚姻を、19歳の身で、ほぼ一人でまとめたといえる手腕等からすれば、どうにも否定できません」
「確かにその通りだな」
エウドキヤ女帝と高虎は、そこまでのことを考えざるを得なかった。
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