第81章―3
そして、最近、広橋正之が好んで読んでいるのが、宇宙SF小説だった。
とはいえ、その内容だが急激な宇宙に関する知識の増加によって、時代の変遷に応じて、急激に描写を変えないといけない事態が起きていた。
正之にしてみれば、ほんの20年余り前の同一筆者が書いた小説でさえ、今から見れば不思議に思う描写があり、それに合わせて、筆者も修正した描写をするようになっていた。
尚、最近、正之が好んで読んでいるのは、イングランドの宇宙SF作家シェークスピアだった。
この際に余談に奔ると。
「皇軍来訪」時に、とある皇軍の高級海軍士官が熱烈なシェークスピアファンで、坪内逍遥が翻訳したシェークスピア全集を、結果的にこの世界に持ち込んでしまったのだ。
そして、そのまま40年余り、その士官が秘蔵していたのが。
その士官が亡くなった際に、遺族はそんな大作家の全集とは思わず、こんな本が出て来たとして、出版関係者に見てもらい、更に出版関係者はおもしろい読み物を書く作家がいるものだ、として。
「沙翁全集」として出版される事態が起きた。
(尚、この頃に僅かに存命していて、シェークスピアを知っていた皇軍関係者の多くが、頭を抱え込んでしまった。
出版された後で回収しようにも、そもそも未だにこの世に現れていない作家の小説を回収できる理由等は皆無で、見過ごすしか無かったからだ)
更に、このことは思わぬ事態を招いた。
当時、日本に留学していたロバート・スペンサーが、この「沙翁全集」を読んで気に入り、英訳の上でイングランドで出版する事態が起きてしまったのだ。
そして、当のシェークスピアが、それを読んで腰を抜かしてしまった。
「自分が書きたいモノが、全て書かれてしまっていた気がする」
そう言って、当時、俳優をしていたシェークスピアは暫く寝込んでしまった。
だが、捨てる神あれば拾う神あり、相前後して北米共和国を発端にして日本やローマ帝国も協力しての宇宙開発計画が発表された。
更にこれに様々な創作物、小説や映画等も引き寄せられることになった。
こうしたことから、やっとのことで寝床から這い出したといってよかったシェークスピアは、俳優仲間というか劇団仲間と会話を交わして。
「シェークスピア、君に頼みたいことがある」
「何でしょう」
「自分達で、宇宙を舞台にした映画を作ろうと考えるのだが、脚本を書いてもらえないか」
「ええ、宇宙ですか」
「そうだ、月とか、金星とか、火星とか、数十年先には行けるだろう。そこで思わぬモノに遭う話とか、当たると思わないか」
「確かに」
そんな会話を発端にして、シェークスピアは「金星の商人」という映画の脚本を書き、更にその映画が好評だったことから、小説化して、これも当たるという幸運に恵まれた。
そして、これに味を占めたこともあって。
「自分は宇宙SF作家としてやっていこう。あの「沙翁全集」に宇宙SFは無かった。これならば、自分の独創的な作品が書ける」
とシェークスピアは決意して、宇宙SF作家に転職した。
そして、できる限りの調査を行った上で、リアル志向で描かれたシェークスピアの小説は、イングランドのみならず北米共和国やローマ帝国、日本にまで好評の末に翻訳されて出版されることになった。
(そして、それを知った織田(三条)美子は、あのシェークスピアが、宇宙SF作家になるとは、本当に歴史が変わるモノだ、と感慨にふけることになった)
だが、リアル志向で描くということは、必然的に宇宙に関する知識を向上させて描かねばならないということでもあった。
そうしたことから、シェークスピアの初期小説と、現在の小説とでは、描写が様々に異なる事態が起きてしまっていた。
「沙翁」という表現が出てきますが、明治から昭和前期では、シェークスピアを「沙翁」と当て字で書くことが多かったとされる事情から、そう描いています。
又、出版社やロバート・スペンサーにしてみれば、この世界では、「沙翁」、シェークスピアは存在しない人物と考えていたことから、このような事態が引き起こされました。
そして、この世界では、シェークスピアは、アーサー・C・クラークのような宇宙SF作家として名を遺すことになります。
(更なる余談をすれば、「金星の商人」というボードゲームは実在するのですが、この小説世界では、映画や小説の題名なので違う、と緩く見て下さい)
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