第80章―22
そんな流れが、1616年一杯を掛けて行われることになったが。そう一度に全てのことが明帝国と日本等の交渉で容易に処理できる訳ではない。
それこそ明帝国内の住民に対する救援活動一つとっても、現場レベルでは様々な問題が引き起こされるのは、ある程度は止むを得ないことだった。
そういった問題の対処に、日本では伊達政宗内閣が主に奔走することになった。
さて、そういったことの処理を、別視点から述べるならば。
「貴方の義姉上まで、最近は奔走せざるを得なくなっているらしい、と典侍や内侍が話しておったが、本当なのかな」
「どうも本当のようです。甥の広橋正之が、私に度々零してきます。
『お母さんが全然、構ってくれない。理由は分かるけど、やっぱり寂しい』
実際、義姉は残業が恒常化しているようで、私の両親も、義姉の健康を心配しています」
1616年4月末、今上(後水尾天皇)陛下と尚侍の鷹司(上里)美子は会話していた。
尚、言うまでもないことだが、義姉は広橋愛のことであり、伊達政宗首相の第一秘書を務めている。
又、両親と言うのは、上里清夫妻のことだった。
「北京が開城し、講和交渉の最中と言うのに、何故に首相の第一秘書が多忙なのだ」
「単なる講和交渉だけならば、義姉も多忙にならないと私も考えますが、それだけでは済まないことがあります。明帝国の住民の救援問題です」
「そんなに手間が掛かることなのか」
「住民を救援するとなると、それなりどころではない物資を調達、運搬する必要があります。更に言えば、それに対する正当な費用を払わねば、民間の面々は動きません。そして、それなりのモノを包んで、便宜を図って貰おうとする者が出るのも、世の常なのです。恐らく、義姉はその対処に追われているのでしょう」
今上陛下と美子は、そんなやり取りをした。
「何とも許し難い話を聞いた気がするな。人の生き死にが掛かっておるのであろう」
「確かにその通りではあります。ですが、正当な報酬が得られないのでは、人が動かぬのも一面の現実、又、その際に少しでも儲けようと図るのも、一面の現実であります」
二人の会話は更に進んだ。
「そういうものなのか」
「更に言えば、どうにもきな臭い動きさえあります。北米共和国やローマ帝国の民間企業も、明帝国の住民に対する救援活動に協力したい、と申し出ているのですが、単に人道的観点から申し出ている訳ではないようで、その裏には両国政府の秘めた思惑があるやも」
「朕の妻である皇后の実家を疑うのか」
(註、言うまでもないかもしれませんが、この世界の今上陛下の皇后の徳川千江は、北米共和国大統領の徳川秀忠の次女であり、ローマ帝国の皇帝エウドキヤの養女です)
「何を言われます。政略結婚に近い関係にある以上、皇后陛下の実家と言えど、疑うのが当然です」
今上陛下の問いに、美子は敢えて突き放すように答えた。
その言葉で、今上陛下は現実の醜さに気づいたようだった。
「確かにそうだな。朕と皇后の関係は政略結婚に近い」
「きついことを言い過ぎ、申し訳ありません」
「いや、真実だから構わぬ。だが、それを進めたのは其方であろう」
「これは見事に返されました」
二人は、更にやり取りをした。
実際、今上陛下と徳川千江の結婚を推進したのは、美子である。
「それで、何を企んでいる」
「明帝国内に様々な援助を行うことで、親北米共和国、親ローマ帝国の勢力を造り、反日運動を何れは引き起こそうと企んでいるのでは、と伊達首相以下の日本政府上層部は疑っているようです。義姉も立場上、止む無く関わらざるを得なくなっているようです」
「確かに首相の第一秘書なれば無関係ではいられぬか」
二人はやり取りをした。
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