第80章―18
暫く考えた末、万暦帝は言葉を発した。
「皇帝として自裁する。但し、苦しみたくはない。阿片で死なせてくれ」
「どうぞ、お好きなように」
僅かに残っていた側近の一人がそう言って、大量の阿片を万暦帝にすすめた。
万暦帝は、阿片を服用して、崩御した。
そして、北京は完全に後金軍の前に開城した。
「そうか。万暦帝は自裁したか」
「はっ。そのように使者は伝えております」
「その使者に、直に会おう。そして、やり取りをしたい」
ヌルハチは、万暦帝の自裁、北京の完全開城を部下から知らされた後、部下にそう命じた。
ヌルハチは使者と直にやり取りをして、詳細を知った後、物思いに耽った。
万暦帝が阿片で自裁したとは、何とも言えぬことよ。
薬と毒は紙一重、阿片とて本来は鎮痛の妙薬なのだ、怪我や病から来る激痛を治めるのに、阿片系の麻薬程、よく効く薬は無い。
だが、その一方で、阿片には習慣性があり、幻覚を引き起こす等、極めて危険な毒でもあるのだ。
更にそれが個人だけに止まらず、社会全体に害を流す可能性が高いという猛毒なのだ。
そう多くの者から自分は聞かされた。
実際、明帝国は阿片によって社会が、様々な体制が崩れて、今に至ったのだ。
それを想うと、万暦帝が阿片で自裁したとは何とも言えぬことよ。
そんな風にヌルハチは暫く物思いに耽ったが、そうは言っても、やるべきことはやらねばならない。
幸いなことに、万暦帝は皇太子の常洛を北京城内に置いていた。
更に後金軍の急激な進軍により、北京城から皇太子は脱出できなかったのだ。
こうしたことから、取りあえずは常洛が明の皇帝に即位し、泰昌帝と名乗ることになった。
そして、後金に対して禅譲の儀式を行おうという提案まで、交渉の席で明からは為されたが。
「止めてくれ。俺が皇帝だと。もっと相応しいのがいるだろう。日本に」
ヌルハチは一笑して答えた。
実際、日本と後金は対等な同盟関係とはいえ、国力からして日本の方が格上だ。
だから、明が皇帝位を禅譲するとなると、日本の今上陛下の方が相応しい、ということになる。
とはいえ、そういった提案があったことは、後金から日本政府に知らされることになった。
そして、この禅譲の提案を聞いた伊達政宗首相だが、宇喜多秀家副首相や毛利輝元外相と話し合うことになった。
「受けぬが良いでしょう。明のことは明に任せるべきです。かつて、多くの北方民族、匈奴、鮮卑、突厥等が中国の大地に攻め込みましたが、最後は中国の民に同化されたと言っても過言ではありません。同じ轍を踏まぬためにも、禅譲は受けられるべきではないと考えます」
そう毛利外相は言った。
「実際問題として、労多くして報いが少ない話になりそうです。とはいえ、ある程度の序列を設けぬと、色々な意味で問題が起きそうです。既に後金とモンゴルが兄弟の盟約を結んでいる以上、この際、我が国と明も加わった兄弟関係を四国で結ぶというのはどうでしょうか」
宇喜多副首相が言った。
「ふむ。日本が長兄で、後金、モンゴルの順で、明を末弟とする兄弟関係ということか」
「如何でしょうか」
伊達首相と宇喜多副首相はやり取りをした。
「国同士は対等だが、各国の君主の序列は、そのようにするのが相当だろう。唯、それをやるとなると琉球王国も入りたいと言うだろう。実際に末弟になるのは、琉球国王になるな」
「確かに琉球王国も、こういった兄弟関係に入りたいと言うでしょうね」
伊達首相の言葉に、毛利外相も同意しながら言った。
尚、朝鮮国王がハブられているのは、既に後金国王と父子の関係を結んでいるからである。
だから、今更、朝鮮国王がこういった五国の皇帝、国王の中に入るのは論外というのが、皆の考えだった。
細かいことを言えば、明の新皇帝を泰昌帝と呼ぶのはおかしな話で、それこそ現在の日本の今上陛下を令和天皇陛下と呼称するようなモノですが、分かり易さ優先ということでご寛恕を。
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