第80章―14
ともかく、後金国軍の攻撃によって、山海関等の万里の長城を頼みとする明帝国軍の防備は破られ、北京が後金国軍の攻囲下に置かれたのは、明帝国の政府、軍上層部にしてみれば、大問題と言って済ませる訳には行かない事態となった。
何しろ、このまま行けば、北京は兵糧攻めで陥落する運命が、目端の利く者程に見える事態だった。
(尚、万暦帝を始めとする明帝国政府最上層部に近い者程、この現実が見えていなかった。
北京を後金国軍が攻囲しようとも、兵糧等の問題から、すぐに北京周辺から撤退の止む無きに至る。
だから、このまま北京城に明軍が籠城しておくのが最善だ、という主張を万暦帝は振りかざし、更に宦官を始めとする佞臣もその主張に追従したのだ。
万暦帝にしてみれば、北京から単に移動したくなかっただけだが、このことは明帝国にとって致命傷となる事態を引き起こした)
だが、現実から言えば、日本等の積極的な支援もあって、後金軍の北京攻囲が緩むことは無く、逆に北京に籠城している明軍及び政府を構成する面々、更には北京市の多くの住民が、飢えに苦しむ事態が引き起こされる事態となった。
「何とも言えない事態が起きているな」
後金軍の北京攻囲が始まってから数か月後、明帝国軍が籠城している北京(というよりそれを護る為の城壁等)を、ヌルハチは望見しながら、子どもらにそう話すと言うよりも、諭す事態が起きていた。
「確かにその通りやもしれませぬ」
子どもの一人のホンタイジは、父に寄り添うような言葉を発した。
実際に、ホンタイジを始めとするヌルハチの息子らが見る限り、北京城に籠城している面々、明帝国の政府及び軍、更には明帝国の住民は、それこそ飢えからくる苦しみの前に弱っていく一方という事態に陥っているのだ。
これに対して、後金国軍は、日本の支援があるという事情も有るが、何重にも亘る有刺鉄線を始めとする防御陣地を築いて、明帝国の将兵や住民が北京から脱出できない状況を引き起こした上で、ひたすら北京に対する攻囲を徹底するという態度を貫いている。
日本政府から、北京を強攻するよりも、こういった方策を執った方が、北京に籠城している明帝国軍の将兵や、更にはそれに味方する住民の戦意をより削げるという主張が為されたことから、ヌルハチは、自らの内心では納得できていなかったが、日本政府の指示に基づく作戦行動を行ったのだ。
更に言えば、ヌルハチにしてみれば、何とも気に食わないことに、日本政府の指示は極めて正しかったようで、明帝国軍は自分達に対する攻撃を仕掛けてこない。
ヌルハチにしてみれば、何故にこの攻囲網を破ろうと明帝国軍は攻撃を仕掛けてこないのか、このまま行けば、それこそ兵糧攻めで北京にいる明帝国軍は弱る一方になるのだ。
弱り切る前に一戦を挑んで来い、それで雌雄を決しようではないか、とまで考えているのに。
北京に籠城している明帝国軍は動こうとしないのだ。
勿論、後金軍とて暇なわけではない。
北京を救援しようと、明帝国各地で義軍と自称する面々が蜂起しているらしく、その中には北京に迫って、後金軍への襲撃を行うモノまでいるのだ。
だが、そういった義軍の装備は、良くてほんの一部が火縄銃を持つ程度で、その中には、敵である後金軍と戦って勝った後、武器を奪って武装すれば良い、と言う発想から、徒手空拳で戦いを挑む者まで含まれる有様だった。
(尚、そんな徒手空拳で戦いを挑んだほぼ全員が、すぐに戦死しているのが、現実だった)
だから、義軍への対処を後金軍は強いられてはいるが、それで、北京の攻囲が破られるのか、と言えば、とても無理なのが、それこそ明帝国側にも分かりつつある筈なのだが。
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