第80章―3
「それにしても、対明帝国戦争を政府から命ぜられた以上、軍人としては、それに従わねばならず、参謀本部からは、上海近郊から南京を目指し、南京を占領するように、基本方針が示されているが。本当に可能といえるだろうか。いや、兵器の質等を考えれば、自分もそんなに進撃自体には不安を覚える訳ではない。だが、進撃して占領を果たし、更にその占領地を維持するとなると」
後藤基次中将が言うと、真田信繁少将も渋い顔になって、暫く考え込んだ。
「余り言いたくはないのですが、父(の真田昌幸)の言葉をどうにも思い起こします」
その言葉を前置きとして、真田少将は、るる自分の考えを述べた。
尚、以下はその要約であり、実際には遥かに詳細に後藤中将に自らの考えを述べている。
真田昌幸は、参謀総長を務めていた頃に、何度か参謀本部に対して対明帝国戦争について、5つの場面を想定して計画を立案させていた。
1つ目が完全不正規戦で、宣戦布告無しに双方が自衛と称して小競り合いを行う場合。
2つ目が通常兵器のみを用いた限定戦争で、国境地帯(沿岸部を含む)での戦闘を行う場合。
3つ目が通常兵器のみを用いた全面戦争で、最大では明帝国全土での戦闘を行う場合。
4つ目が全ての兵器(反応兵器や毒ガス等)を用いた限定戦争を行う場合(範囲は2つ目と同じ)
5つ目が全ての兵器(反応兵器や毒ガス等)を用いた全面戦争を行う場合(範囲は3つ目と同じ)
そして、参謀本部の結論としては、全ての場合で戦術的には日本は勝利を収めるだろうが、戦略的には勝利と言い難い状況に陥る公算が高い、というモノになった。
何故かと言うと、それこそ明帝国は1億人以上の人口がいる。
通常兵器のみを用いた戦争を遂行するとして、日本兵1人を殺すのに民間人を含む明人100人を失っても構わない、と明帝国政府に割り切られては。
(実際問題として、幾ら兵器の質が向上しているとはいえ、100倍以上の損害を明軍に常に与えるのは、日本軍にとって極めて難しい話になる)
日本が3万人の兵を失って青息吐息の状況になっても、明帝国政府にしてみれば、ほんの300万人を失っただけだ、まだまだ戦えるとうそぶけるのだ。
更に言えば、皇帝を筆頭とする明帝国政府にしてみれば、明人等、それこそ畑で取れると割り切っているだろう。
つまり、蚊に刺された程の痛みどころか、かゆみも覚えない話なのだ。
それならば、反応兵器や毒ガス等を容赦なく、日本は対明帝国戦争に際して使うべきか。
確かに短期的には、その方が対明帝国戦争において、容易に勝利を掴めることになるだろう。
だが、長期的な観点からすれば、どうだろうか。
考えすぎかもしれないが。
日本が対明帝国戦争で、そういった兵器を容赦なく使用すれば、北米共和国やローマ帝国も、今後に起きる他の戦争に際して、そういった兵器を容赦なく使用するというのは。
だが、北米共和国やローマ帝国が、そういった兵器を使用するのは非人道的で赦されない等の批判を、日本政府が浴びせるのが極めて難しくなるのは間違いない。
日本は戦争に際して、そういった兵器を容赦なく使用しているではないか。
自分達が使用するのは人道的で、他国が使用するのは非人道的だというのか、と主張されては。
日本政府は、完全にブーメランではないが、沈黙する事態が起きるだろう。
他にも色々と反応兵器や毒ガス等を使うことにより、長期に亘って土地が広大な範囲で汚染される危険性も指摘されることになった。
それらを考え合わせた末に、真田昌幸参謀総長は、対明帝国戦争は色々な意味で困難、明確な勝利は収め難いという結論に達したのだ。
真田少将の言葉を聞いた後藤中将は頭を痛めた。
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