第79章―13
「確かに重い話だな。尚侍がそれ以上は言えないのも分かる。言わなくともよい」
「有難き御言葉」
今上(後水尾天皇)陛下は、鷹司(上里)美子に言葉を掛け、美子は即答した。
実際に二人共に考えれば考える程、重いことになるのが分かった。
明帝国が混乱の果てに、何百万人、いや下手をすると千万人以上の難民が、明帝国内で溢れかえった末に周辺諸国に雪崩れ込む可能性が極めて高い状況が迫っているのだ。
こういった難民等、全て不法入国者として殺せばよい、と言われるかもしれないが。
それは人としての何かを、完全に捨てる行為ではないだろうか。
だから、それはできないことだ。
それならば、どうすべきなのか。
伊達政宗首相を始めとする面々は、明帝国内部に先制した介入を行うことで、明帝国の政治体制等を大規模に改革して、明帝国内の難民が国外、日本等に雪崩れ込むのを阻止すべきだ、その手段として、日本等は明帝国に宣戦を布告して、侵攻すべきだと考えている。
だが、それは余りにも危険なことだ。
日本を始めとする周辺諸国の都合だけから、明帝国に侵攻して、内政改革をしろ、と迫ることだ。
だから、下手をすると、いや、下手をしなくとも、明帝国内の皇帝から末端の庶民まで、侵入者を許すな、と徹底抗戦の声が挙がる可能性が高いとしか、言いようが無い。
こういった場合、それこそ外敵の前に一致団結して、同じ国の仲間だから、とある程度は過去の恨みを水に流して、明帝国が侵入者である日本等に、皇帝から庶民まで一体となって戦う可能性があるのだ。
何とも皮肉なことに、美子も今上陛下も、そういった実例を書籍、皇軍資料から教えられている。
それこそ本来からすれば、水と油の関係の筈の中国国民党と中国共産党が、日本の脅威の前に手を組んで、皇軍がかつていた世界では、日本に対して抗戦したのだ。
その結果として、日本は底なし沼にはまったように戦争をすることになり、更にその戦争から抜け出そうとして、更に大きな戦争、対米英蘭戦争に突入することになったのだ。
勿論、この世界では、そんな勝算のない大戦に日本が突入することは考えにくいが、そうはいっても底なし沼の戦争に、対明帝国戦争が成る可能性は否定できないどころか、それなり以上にある。
更にそうなった場合、アリエナイと考えたいが、皇后陛下の養母であるエウドキヤ女帝、ローマ帝国が何らかの謀略を日本等に対して仕掛ける可能性が、それなり以上にあり得る。
そんなこんなを考える程、日本等の対明帝国戦争発動は危険が高いことだが。
それでも、数年先に明帝国が崩壊して、数百万人単位の難民が国外に雪崩れ込むよりマシだ、と伊達首相やその周囲の日本政府上層部は考えたし、更に後金国やモンゴルの政府上層部も考えたのだ。
そして、様々な情報を日本政府から示されて悩んだ末に、今上陛下としては、政府、伊達首相の判断に従うしかない、と考えたのだ。
美子は、そこまで突き詰めて考えざるを得なかったし、今上陛下もほぼ同様の考えに至っていた。
そのために、今上陛下は更なる言葉を美子に発した。
「二条内大臣に、朕の下に来るように伝えてくれ。伊達首相の言葉に従うように、対明帝国戦争に反対しないように伝えたい」
「よろしいのですか」
「宮中と政府は完全分離だ。そうであろう」
「分かりました」
美子はやり取りをしながら考えた。
今上陛下は、二条昭実に対明帝国戦争については、伊達首相に黙って従うように伝えるつもりだ。
本来的にはよくないが、宮中と政府は完全分離の建前からすれば、二条内大臣が政府のすることに口を挟むのは許されないことだからだ。
今上陛下と二条昭実は話し合って、お互いに合意に達した。
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