第79章―11
伊達政宗首相と鷹司(上里)美子尚侍の間で、そんなやり取りがあった日の深夜、美子は、義姉にして実母である広橋愛と逢っていた。
美子の本音としては、愛に逢いたくなかった。
何しろ、愛は政宗の公設第一秘書である。
だから、愛を介して、自らの本音が、政宗に流れる危険を考えざるを得ない。
だが、自らの悩み、明帝国の将来の難民問題について、肌感覚といった視点から自分が語り合えるのは、何とも皮肉なことに、自分でも愛しかいない、と透徹した美子の頭脳は考えざるを得なかったのだ。
「急に深夜に逢いたいとは、何事なの」
愛は春風駘蕩の雰囲気を漂わせながら、実娘である美子と向かい合った早々に言った。
美子は、その雰囲気を見つつ、改めて考えた。
我が実母ながら、本当に天然なのだろうが、底が見えない。
自分の頭脳が両親譲りなのは間違いないのだが、特に人たらしの面については、実母譲りと言われるのも当然の気がする。
普通に考えれば、私の養母になる理子母さんが、実母の愛義姉さんを養女に迎える筈が無い。
何しろ、愛義姉さんは、理子母さんからすれば、夫の子を産んだ愛人なのだ。
そうしたことからすれば、理子母さんが、愛義姉さんをイジメておかしくないどころか、当然だ。
だが、現実には、理子母さんは愛義姉さんを養女に迎えており、理子母さんと愛義姉さんは、母子のように仲睦まじい関係を、ずっと続けている。
理子母さんの心が広いのもあるのだろうが、愛義姉さんの人たらしは本当に怖ろしい。
そんなことを美子は想わず考えたが、本題に入ることにした。
「義姉さん、言わずもがなのことだけど、明帝国から流出している難民問題は深刻化しつつある。かつてオスマン帝国も、ローマ帝国復興戦争直後に難民問題に苦しんだと聞いているわ。そのときのことを、私は知りたいの。出来る限り、正直に私に教えて」
「そう」
実の娘の美子の言葉に、愛は手短に答えた後、少し考え込む姿勢を示した。
愛は色々と想いを巡らせた。
娘の美子も24歳になった。
私があんな体験をしたときよりも、年上になったのだ。
話せる範囲で話すべきときが来たのかも。
「驚かないでね、この際だから、真実を話すわ。私は貴方のお父さんに逢う前、奴隷になる前に結婚していたの」
「えっ。義姉さんが奴隷になったのは、子どもの頃の筈。子どもの頃に既に結婚していたの」
「それは、本当は嘘。ああ、心配しないで、清父さんや理子母さんは、そのことを知っているわ。でも、余りにも貴方に話しづらかったから、清父さんや理子母さんとも協力して、嘘を話していたの」
愛は自分語りを始めた。
「私が奴隷になったのは、元難民の兵士達の攻撃を、私達が住んでいた村が受けたことから。スンニ派過激派の彼らにしてみれば、異教徒の私達が住む村は許せない存在で、私の両親や夫は殺されて、僅かな生き残りと共に、私は奴隷になることで生き延びられたの」
「そうなの」
余りに重い実母の愛の語りに、美子はそれ以上の言葉が出なかった。
「難民は、本来からすれば気の毒で庇護すべきだ、と私は考えるわ。でも、モノには限度がある。自分達は被害者だ、気の毒な存在だ、と言って暴れるのを、元からの住人が看過できるかしら。とても看過できないのが現実でしょう」
実母の少し冷たい口調に、美子は無言で肯くしか無かった。
「明帝国内の難民も、このまま行けば看過できない事態を引き起こすと考えるわ。だから、明帝国に介入すべきでしょうね。ああ、これはオスマン帝国での経験を踏まえた私自身の考えよ。伊達首相には別の意見があるでしょうね」
「そうでしょうね」
美子は、実母の更なる言葉に、それ以上は言えなかった。
美子は腹を括った。
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