第79章―10
この時の伊達政宗首相の考えだが。
二条昭実内大臣を外して、今上陛下に上奏できるとなると、尚侍である鷹司(上里)美子しかいない。
そして、美子ならば、二条内大臣の圧力を跳ね返せるだろう。
何しろエウドキヤ女帝の圧力さえ、跳ね返すのだから。
更に考えれば、今上陛下が、この戦争に賛成するという内意を得て、近衛家や一条家に近い貴族院議員をこれまた内々に説得するのが無難だろう。
何しろ近衛家と一条家の当主は、今上陛下の実弟なのだ。
内々で示された兄の意向に従った、という言い訳が、貴族院議員にできる訳だ。
それで、貴族院内部を、自らの意向、対明帝国戦争に駆り立てるように少しでも動かす必要がある。
そして、政宗の考えを怜悧に美子は察した上で、自らも考えた。
かつて、自分が鷹司信尚との結婚を決意した際、織田(三条)美子伯母様から、この結婚の裏側を教えられたのを、どうにも思い出してしまう。
当時の今上陛下、後陽成上皇陛下は、自らの娘を何れは鷹司信尚に降嫁させ、それで、五摂家を膝下に置くつもりだったらしい。
それを察した美子伯母や近衛前久殿らが動いた結果、当時の今上陛下の機先を制して、私と鷹司信尚が結婚することになったのだ。
(尚、自分はともかく、この時から今に至るまで、鷹司信尚が自分を愛してくれているのは間違いない。
だからこそ、紆余曲折はあったが、自分と鷹司信尚は、おしどり夫婦でいられている。
だが、その一方で、この後のことを知る身として、又、今上陛下の自分を中宮に迎えたいという努力を見せつけられては、自分は将来のことを悩まざるを得ない)
もし、あの時に後陽成上皇陛下の思惑通りになっていれば、最悪の場合、今頃は貴族院は後陽成上皇陛下に動かされる存在になっていたかもしれない。
それを結果的に逆用して、従兄の政宗は、今上陛下を動かし、更に貴族院を動かそうとしている。
私はどうすべきだろうか。
二条内大臣の主張も分かる。
日本等が対明帝国戦争に踏み切った後、明帝国が速やかに日本等との講和に応じれば問題無いが、これまでの外交交渉の経緯等から考える程、明帝国が素直に講和に応じる訳が無い。
更に考える程、異民族に対する反感、蔑視から、日本軍等が占領している明帝国内の土地で、抗日等の武装蜂起が大規模に起きる可能性は高く、その場合、底なし沼の戦争を行わざるを得ない。
それこそ、最後には漢民族の方が、日本民族よりも少なくなった世界になるやもしれない。
そういったことに、自分達はとても耐えられないだろう。
だが、その一方で、明帝国内の状況が極めて悪く、このまま日本等が座視していては、それこそ大量の難民が周辺諸国に押し寄せかねないのも現実だ。
最悪の予測として、何百万人単位の難民が数年掛かりで、日本等に流出するというものさえある。
そうなった場合、本当に日本等は対処に難渋するのが目に見えている。
難民を人道上から、保護するというのは容易い。
だが、その難民保護の為の費用は誰が負担すれば良いのだろうか?
難民が流入して来た国が、国民の税金を費やして難民の保護をすべきなのだろうか?
確かに人道上からは、それが正しいのかもしれないが。
国民の税金は、国民の為にまずは使うべきだ、何故に外国人である難民の為に使わねばならないのだ、という人が出るのも、分からなくはないどころか、当然の主張ではないだろうか。
美子は、政宗と向かい合いながら、そこまで突き詰めて考えた末に言った。
「ともかく、一晩、考えてから、この件は返答します。余りにも重い話です」
「そうだな。一晩、考えればよい」
政宗も、そう言わざるを得なかった。
美子は義姉にして実母の広橋愛に連絡を取った。
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