第79章―4
ともかく、そういった状況を前にしての毛利輝元外相の閣議における説明は、閣僚の面々にしてみれば改めて深刻な明帝国の現実を突きつけ、徐々に日本等が明帝国に軍事介入することは止むを得ないという空気を醸し出すことになった。
そして、毛利外相の説明が一段落した段階で、改めて伊達政宗首相は、陸海軍部に対して明帝国に対して軍事介入した場合の後方を含む様々な現状についての説明を求めた。
陸相と海相は目で最後の会話をした末、織田信忠海相が閣議での説明を行った。
以下は、その要約である。
(尚、陸相と海相が目で最後の会話をしたのは、お互いに譲り合った結果だった。
それこそ明帝国に軍事介入するとなると、陸軍が最後には決め手となる。
だが、その一方で、明帝国への軍事介入となると海上輸送路の確保が必須だ。
そうしたことから、海上輸送路確保に責任を負う海軍が、この場での説明を行うことになった)
対明帝国に軍事介入を行うとなると、補給路の確保が必要不可欠になる。
勿論、日本海軍対明海軍となると、日本海軍が圧倒的に質量共に勝る現実があり、直に長江河口周辺に日本陸軍が大規模な上陸作戦を展開しても、日本海軍は十二分にそれを援護して、成功できるだろう位の戦力差がある。
だが、問題はその後だ。
沿岸部については、日本海軍の圧倒的な戦力によって、日本陸軍は制圧できるだろうが、明帝国が内陸部での抗戦を行いだしたら、話は別になる。
明帝国内陸部の悪路は、日本陸海軍の補給路確保の多大な障害になるのが目に見えている。
更に人口から言って、日本陸軍は自治領軍まで投入しても、現地に派遣できる陸軍の兵力は10万人程が精一杯だ。
これでは、明帝国の内陸部制圧の兵力がどうにも足りない。
こうしたことから、日本だけで陸軍兵力を賄うのは不可能で、後金国やモンゴル帝国にも陸軍兵力の提供を頼まざるを得ない。
幸いなことに、ユーラシア大陸横断鉄道の建設は徐々に進んでおり、1615年時点では、日本本土内では鉄道整備がそれなりに済んでいたのが大きいが、朝鮮半島や満洲、沿海州で本線といえる部分の鉄道が運行可能になりつつある。
勿論、その殆どが単線で電化もされていないような鉄道だが、そうは言っても将来の複線化や電化を見越した建設が図られており、又、日本本土から釜山へ、更に朝鮮半島から南満州を経て営口まで直に貨物を輸送することが可能になっているのだ。
これは、万里の長城を越えて、明帝国へ侵攻する際の補給確保について、極めて明るい状況と言えるものだった。
(更に余談を言えば、朝鮮半島内の鉄道建設だが、多くの土地が無償提供されることで、鉄道建設が容易に進む事態が起きた。
後金国から李氏朝鮮に対して鉄道建設の為の土地提供が命ぜられ、それに対して、李氏朝鮮政府の支配機構を担う両班層が党争も絡んで、積極的に鉄道建設の土地を寄進する事態が起きたからだ。
後金国が父、朝鮮が子である以上、父に積極的に孝を尽くすのが当然である、とお互いに叫び合い、鉄道建設の為の土地の寄進合戦が起きたのだ。
これに対しては、日本や後金国それぞれの政府上層部でさえもドン引きする事態だったが、当事者にしてみれば、真剣極まりない対立で、鉄道建設の為の土地を提供しないのは、国学である朱子学に反する、相手が孝を尽くしていない、国学に反する売国奴だと非難合戦を行う始末だった。
こうした背景から、朝鮮半島内のユーラシア大陸横断鉄道は速やかに進捗する事態が起きた。
父の命令である以上は子は当然に従うべきである、という話しになるからだ。
鷹司(上里)美子らに言わせれば、本当の売国奴はどちらなのか、と言わざるを得なかった)
対女真戦争時に10万の軍勢を日本軍は動員しているし、北米独立戦争時に30万の軍勢を動員しているのでは、という指摘がありそうですが。
今回の対明帝国戦争になると、大軍を長期に亘って派遣することを考えざるを得ず、そうなると10万を動員し続けることになり、日本にとってつらいものがあるのです。
ご感想等をお待ちしています。




