第77章―18
こうして鷹司(上里)美子は、内々の内に摂家を始めとする公家の面々の下を訪問して根回しをした。
そして、衆議院議員総選挙の余波が落ち着き、首相を指名する特別国会直前の頃、美子なりに根回しが済んだと判断がついた上で、今上(後水尾天皇)陛下に自らの内大臣選任に関する考えを言上することに、美子はなった。
そして、美子が今上陛下に言上を行った当日のことだが。
「色々と忙しかったらしいな」
「いえ、それ程でも。身内を色々と訪ねただけです」
今上陛下の言葉に、美子はすかさず惚けた。
だが、皮肉なことに美子を見習って、自らを磨き続けたために、今上陛下は美子の擬態に気づいた。
「そういうことにしておこう。ところで、内大臣をどうするつもりだ」
「二条昭実殿を推挙したいと考えます。私の義父(の鷹司信房)は、最近、体調が余り宜しくないので、内大臣を辞職したいとのこと」
「そういうことか」
「そういうことです」
二人の惚けたやり取りは続いた。
二人共に内心では承知している。
このやり取りは完全に茶番だ。
だが。お互いでは茶番と分かっていても、やらないと分かりが悪い周囲が誤解することになる。
「ふむ。それでは二条昭実を内大臣にすることにしよう」
「ところで、新首相は伊達政宗殿ですか」
今上陛下の言葉を受けて、美子は敢えて露骨に話題を変えた。
美子は自らの立場(自らの実母の広橋愛が、伊達政宗の第一秘書を務めている上、自分も政宗の従妹になる)を弁えているので、政宗贔屓と曲解されかねない言動を控えざるを得ない。
だから、こういうのが美子には精一杯なのだが、今上陛下の方が空気を読んだ。
「尼子勝久首相自ら、伊達政宗を後継首相として推挙してきた。お互いに分かっているようだ」
今上陛下は皮肉を込めて言い、美子は声を出さずに、表情だけで苦笑した。
気が付けば、大日本帝国憲法が施行されて約40年が経つ。
与野党間の政権交代の作法が、ある程度は完全に定着しつつあって、それに則った行動が、与野党双方にとって、お互いに当然と考えられるようになっているのだ。
「分かりました。ところで、労農党は単独政権を目指さず、中国保守党との連立を目指すようですね」
「我が国の国内外のことを考えれば、当然のことと尚侍は言いたいのかな」
「いえ、あくまでもお耳に入れるまでです。「君臨すれど統治せず」という原則がある以上、国政に口を挟むのは、罷りならぬこと。でも、国政のことを全く知らずに放置する訳には参りませぬ」
「確かにそうだな。知るべきことは知らねばならぬ」
「賢明な御考えと存じます」
二人のやり取りは、お互いに裏の意図を込めながら、深まって行ったが、そう深める訳に行かないのを二人共に重々承知している。
そうしたことから、美子がまずは話題を変えた。
「政治のことを考えるのは、そこまでにして、皇后陛下と共に楽器の演奏を楽しんで、気分を変えませぬか」
「ふむ。それは良いことだ。二人には琵琶を頼む。私は笙をやろう」
「それは良いことです」
今上陛下は即答し、美子もすぐに応えた。
その後で皇后陛下を交え、3人は楽器の演奏を暫くの間、楽しんだのだが。
美子も今上陛下も共に演奏を終えた後、考えざるを得なかった。
皇后陛下には気づかれていないようだが、お互いの楽器の演奏に雑念が混じってしまった。
お互いに政治が気になって仕方が無いのだ。
政治に関与してはならない、と二人共に理性では考えているが、感情では関わりたいのだ。
政治以外のこと、文学や音楽等に共に励むことで、政治から目をそらすように、お互いに努めねばならないのだが、本当に何とも皮肉なことだ。
これでは、似た者同士と暗に揶揄されても仕方がないな。
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