第77章―16
そう鷹司(上里)美子は、若年の身で決意せざるを得なかったが、そうは言っても様々な根回しが必要不可欠なのが現実というものである。
だから、鷹司(上里)美子は密やかに根回しに奔走することになった。
まず、鷹司(上里)美子が向かったのは、義父の鷹司信房の下だった。
「義父上、お話があります」
「何かな」
「内大臣を辞職して下さい」
「何」
いきなり息子の嫁からぶつけられた言葉に、鷹司信房は絶句した。
「何故だ」
二人の間で暫く沈黙の時が流れた後、信房は声を絞り出すように言った。
「私の従兄にして、私の実母が第一秘書を務める伊達政宗が首相になる以上、宮中と政府は分離するという原則から、義父上は内大臣を辞職するのが当然では」
美子は冷然と言った。
「それならば、其方も尚侍を辞職するのが当然であろうが」
信房は抗弁したが、美子は冷たく返した。
「今上(後水尾天皇)陛下が、私の尚侍からの辞職を認めるとでも」
「ぐっ」
信房は美子の言葉に唸らざるを得なかった。
実際、信房が考える程、今上(後水尾天皇)陛下が、美子の尚侍辞職を認める筈が無い。
美子が尚侍を辞職するのを認めるくらいならば、父の後陽成上皇と同様に朕も生前退位する、と真顔で今上(後水尾天皇)陛下は言いかねない、と信房も考えざるを得ない。
そうなっては、何とか内々で済ませた後陽成上皇の退位問題までが蒸し返されかねない。
公家の絶対多数が、後陽成上皇の退位を是認しているとはいえ、少数とはいえ、後陽成上皇の生前退位は強いられたモノで赦されることではない、と主張する公家もいるのだ。
そういった少数の公家の論説が、日本の国外で大々的に報じられては、それこそ日本の皇室の大醜聞として世界の多くの人が知る事態が起きてしまう。
今のところ、後陽成上皇の件については日本国内でほぼ止まっているので、何とかなっているのだが。
日本国外でまで騒がれてはどうにもならない。
「儂が内大臣を辞職したとして、後任の内大臣については、どうお前は考えているのだ」
「二条昭実元首相を推挙するつもりですが、いけませぬか」
「ふむ」
信房の問いかけに美子は即答し、信房は唸った。
実際、五摂家の当主の中から、内大臣を推挙するとなると、自らの兄になる昭実しかいない。
五摂家の当主で内大臣を務められるとなると、後は九条兼孝しかいない。
だが、兼孝には、今となっては知る人ぞ知るレベルになっているが、伊達政宗の農水省職員採用に口利きをした前歴がある。
それが蒸し返される危険を考えると、兼孝に内大臣は務まらない。
それならば、摂家当主以外、清華家当主から内大臣を選ぶというのはどうか、というと。
久我家の現当主は通前だが、まだ24歳で、内大臣を務めるのには若すぎるし、美子の姪になる上里聖子の夫でもある以上、身内の依怙贔屓という批判は避けられない。
三条、西園寺、徳大寺といった閑院流の清華家から内大臣を選んでは、織田(三条)美子贔屓から摂家が外されたという批判が起きる未来が、どう見ても起きそうだ。
他の花山院、大炊小路、今出川(菊亭)は、他の清華家の四家より微妙に格下で、他の摂家や清華家を差し置いて何故に内大臣になったのか、という勘繰り等が起きるのは避けられない。
信房が考えれば考える程、昭実しか、内大臣の適任者はいないのだ。
とはいえ、信房もそれなりに反撃せずにはいられなかった。
「全く其方は、織田(三条)美子の実の孫の気がしてきたな」
「何を言われます。私と義理の伯母の織田(三条)美子は赤の他人です」
「其方の義理の伯父の上里勝利が、いや違うと吹聴しておるではないか」
「本当に嘘吐き伯父には困っています」
義理の父子は皮肉を交わした。
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