プロローグ―5
そんなことを今上(後水尾天皇)陛下が考えている間というか、半月余りを掛けて、鷹司(上里)美子は、「皇軍資料」の焼却処分について、摂家当主等の内諾を得ることに成功していた。
(細かいことを言えば、この当時に「皇軍資料」の存在について詳細を知っていて、存命だったのは、今上(後水尾天皇)陛下と後陽成上皇陛下、五摂家の当主(及び近衛前久)、織田(三条)美子と久我俊子といったところだったが。
そういった面々の中でも、病で死んだ者については「皇軍資料」の通りに亡くなっている、というのを熟知しているのは、今上(後水尾天皇)陛下と後陽成上皇陛下、近衛前久と織田(三条)美子、鷹司(上里)美子の5人しかいない、と言っても過言では無かった。
その他の面々にしてみれば、「皇軍資料」の通りに病で死んだ者は死んでいる、というのは想像できないことで、更に「皇軍資料」の閲覧さえ、違う世界の歴史を知る必要は無い、として行っていない者が多かったのだ)
その結果を踏まえた上で、(敢えて言えばだが)鷹司(上里)美子は、今上(後水尾天皇)陛下と対峙しながら、やり取りをせざるを得なかった。
「摂家当主等の内諾が得られました。「皇軍資料」は全て焼却処分したいと考えます」
「焼却処分したからと言って、未来は変わりませんよ」
「それでも、私としては、このようなモノを何時までも残す訳には行きません」
今上(後水尾天皇)陛下としては、「皇軍資料」を焼却処分したからと言って、未来が変わる訳でもない以上、焼却処分の必要は無いと考えたが。
鷹司(上里)美子にしてみれば、少しでも自らの悩みの種を減らしたかった。
「皇軍資料」を焼却処分してしまえば、その存在について悩む必要が自分は無くなる。
更に伯母と義姉にして実母の態度や言葉も、鷹司(上里)美子の背を押していた。
織田(三条)美子は、鷹司(上里)美子に言った。
「そう、「皇軍資料」を焼却処分したいの」
「はい」
「良いことだと考えるわ。もう、あれは遺す必要が無いモノだから」
織田(三条)美子は、それ以上は何も言いたくないようだった。
鷹司(上里)美子は察した。
伯母は、結果的に色々と知り過ぎて、今や全てを忘れさりたいのだが、忘れ去れなくなっているのだ。
このまま「皇軍資料」が遺っていては、自分も伯母と同じようなことになるだろう。
伯母のようにならないようにしよう。
そして、義姉にして実母の広橋愛も、鷹司(上里)美子の態度から察したような態度を示した。
「本当に好きな人に先立たれるのは、つらいものね。私も今でもつらくなる」
「そうなの」
「ええ。貴方の父と私が知り合う前のこと。私には好きな人がいたけど、亡くなったの。その思い出が強すぎて、私は子どもは作っても、結婚する気にはなれなかった」
広橋愛は、鷹司(上里)美子にそう言った。
聡明な鷹司(上里)美子は、どんなことがあったのか、どうにも広橋愛に聞けなくなった。
自分が実母から愛されて産まれたのではないのを、ずっと自分は察していた。
だから、自分の両親は上里清と上里理子だ、と鷹司(上里)美子は自らに言い聞かせてきたのだ。
そして、広橋愛は言った。
「好きな人に先立たれるのはつらいでしょうね。でも、その後の人生は、貴方のモノ。貴方は後悔の無い人生を歩むように心がけなさい。今の私は正之のお陰で、それなりに後悔の無い人生を歩めているわ」
「それは良かったです」
鷹司(上里)美子は、敢えてそう言った。
それを背にした鷹司(上里)美子の言葉は、今上(後水尾天皇)陛下を動かした。
その結果、「皇軍資料」は全て焼却処分された。
それから3年近くが経っていた。
美子は、今後のことを考えた。
これで、プロローグを終えて、大きく舞台を変えて、次話から1615年の日本の国内政治の現状を描く第77章になります。
尚、誤解を生みそうなので、少し補足すると。
広橋愛にしても、鷹司(上里)美子を実の娘として愛していない訳ではありません。
とはいえ、心から愛する男性との間に産まれた娘ではない以上、引いた態度を愛は美子に執っており、美子も聡いことから、それを察しているので、愛は実母ではなく義姉なのだ、と考えています。
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