プロローグ(第14部)―1
第14部の始まりになります。
1615年1月、鷹司(上里)美子は宮中の年頭行事を、尚侍として取り仕切った。
更に言えば、例年通りに無難に取り仕切り、宮中に仕える公家の面々から、
「流石は尚侍」
等の礼賛を何時も通りに美子は受けられた。
だが、その一方で美子は考えざるを得なかった。
本当に徐々にその時が迫りつつある。
私はどうするのが正解なのだろうか。
(既述だが)1612年1月に、美子は尚侍に復職した。
その直後、今上(後水尾天皇)陛下から、何とも意味深の話を美子は受けた。
「10年近く掛けて、貴方(美子)に相応しい男になるよ。その際には中宮になって欲しい」
「何を言われるのですか」
今上(後水尾天皇)陛下の言葉を、美子は当初は笑って流そうとしたが。
今上陛下の目は、極めて真っ当な有様だった。
「貴方の夫(鷹司信尚)は1621年に薨去する。30歳になった身で、貴方が孤閨を保つことはない。私の中宮になってほしい」
今上陛下は、そう断言したのだ。
「そんなことはあり得ません」
美子は反論しかけたが、今上陛下は、更に言葉を繋いだ。
「私の言葉は真実です。真実か否か、貴方の伯母の織田(三条)美子に聞けばよい」
そこまで今上陛下は言われたのだ。
流石に顔色を変えた美子に、今上陛下は追い討ちを掛けた。
「今年中に近衛前久殿が薨去されます。それが真実になれば、私の言葉を信じるしか無いでしょう」
「そんな筈が」
美子は、それ以上の言葉が、その時にどうにも出なかった。
その数日後、鷹司(上里)美子は伯母の織田(三条)美子を密やかに訪ねて、密談していた。
「そんなことを今上陛下が」
「ええ」
義理の伯母と姪は、腹蔵なしに会話を交わし始めた。
鷹司(上里)美子に対して、伯母の織田(三条)美子は真顔になって言った。
「宮中の最大の秘文書として、皇軍が来訪しなかった世界の歴史の流れを記した資料文書があるのを、貴方も当然に知っているわね」
「勿論です」
姪の鷹司(上里)美子は即答した。
(既述になるが)皇軍が来訪しなかった世界の歴史の流れを記した書籍等の資料文書は、宮中で厳重に管理されており、今上陛下と内大臣、尚侍しか閲覧することはできず、複写も許されない扱いだ。
鷹司(上里)美子が知る限り、更に言えば、自らの義理の伯母の織田(三条)美子や近衛前久に、鷹司(上里)美子が自ら確認する限り、「皇軍来訪」から20年も経たない内には、そのような管理が行われるようになっていたらしい。
「人は信じたいものしか信じないわ。だから、信じるか、信じないかは貴方に任せるけど」
伯母は、そこで、敢えて言葉を切った。
姪は、伯母は大事なことを告げようとしているのだ、と察した。
「その文書に記された通りの時期の頃に、病で亡くなった方は、ほぼ亡くなっているの。私が知る限り、違うのは木下小一郎元首相くらいかもしれないわ」
「えっ」
伯母の言葉に、姪は呆然とした。
「勿論、史実通りの関係で産まれた方に限られるし、史実で著名で無かった方が、何時、亡くなるかは不明よ。だから、私や貴方、それに私達の子が、何時、亡くなるかは、その文書に記されていない以上は分からないけど、鷹司信尚殿は、史実通りの関係で産まれている。更に言えば、今上陛下も同様の筈」
伯母は姪にそう語った。
「そんな嘘です」
姪は伯母の言葉に打ちのめされながら、懸命に言いつつ、考えざるを得なかった。
最愛の夫は1621年に亡くなる可能性が極めて高いのか。
「真実か否か。貴方ならば、調べられる筈。その上で、信じるか否か決めなさい」
伯母は敢えて姪を突き放した。
伯母にしても、そう言わざるを得なかった。
止むを得なかったが、姪をこのような事態に巻き込んだのは自分なのだ。
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