第76章―10
さて、何故に鷹司(上里)美子が尚侍復帰を峻拒したのか、と言えば。
美子にしてみれば、自分が尚侍に復帰しては、今上(後水尾天皇)陛下の自らへの執心、恋心が再燃されるのは必至で、夫との平穏な生活を自分が維持するのは困難と考えたからという事情からだった。
実際に様々な伝手を使って、九条完子と徳川千江からの美子への尚侍復帰希望があった直後から。
今上(後水尾天皇)陛下は、美子にしてみれば、それこそ雨脚よりも激しく、自分の妻である皇后の希望に夫として協力しているだけ、という偽装を施して、美子に対して、尚侍に復帰して欲しい、との手紙を連日のように送ってくる現実があった。
美子にしてみれば、(メタい話をすれば、現代的には)今上陛下がストーカー的な行為をしていると言っても過言では無く、尚侍復帰を峻拒するしか無かったのだが。
九条完子や皇后陛下である徳川千江にしてみれば、美子の尚侍復帰が成らなければ、宮中取締りが果たせないという現実がある。
(勿論、宮中の風紀の乱れを看過すれば良い、と割り切れば良いのかもしれないが。
そんなことが、皇后である千江にできる筈が無く、千江から相談を受けた完子も同様の考えである)
だから、それこそ千江が、美子の夫である鷹司信尚にまで、美子の尚侍復帰を頼む事態が起きた。
とはいえ、美子の尚侍復帰拒否にも限度があった。
気が付けば、公家社会の空気は、完全に美子の尚侍復帰を後押しするようになっていた。
「観念するしか無いようね。それこそ、何かあれば、皇后陛下の傍に居れば問題無いのでは、と言われるようになり出した」
「そこまで、言われるようになりましたか」
1612年の正月明け、美子は磐子に愚痴り、磐子はそう返す事態が起きていた。
「実際、四辻与津子が怪しい動向を示しだしたから。私も黙認できなくなっているしね」
美子は呟くように言い、磐子は裏を察して、溜息しか出なかった。
四辻家は西園寺家の分家の家柄で、羽林家の家格になる。
更に言えば、その家格から典侍として四辻与津子は宮中に出仕しており、それこそ宮中女官の職務の一環として、今上(後水尾天皇)陛下と(体の)関係を持とうとしているようだ。
それだけならば、美子は与津子の行動を黙認できたのだが、その行動の裏として、与津子は今上(後水尾天皇)陛下を、いわゆる自らの虜にして、自らの実兄になる猪熊教利の赦免を狙っているとの情報が、(磐子を介して)美子の下に届いたのだ。
宮中の風紀取締りを考えている美子の逆鱗に触れる行為としか、与津子の行動は言いようが無い。
更に言えば、皇后陛下(の千江)の懸念が、杞憂どころか、実際の問題となりつつあるようで、宮中女官の風紀の乱れが、一般の公家の面々の間にまで噂として流れつつあるらしい。
「いざとなれば、皇后陛下(の千江)が私を護ってくれる、と信じて、尚侍に復帰することにするわ。そうしないと、本当に宮中女官の風紀の乱れが抑え込めそうにないもの」
美子は観念したように言い、磐子は無言で肯かざるを得なかった。
実際、美子が尚侍に復帰する、との情報の影響は絶大なモノがあった。
その情報が流れた瞬間、宮中女官全員が引き締まった。
四辻与津子も、今上(後水尾天皇)陛下と(体の)関係を持つのを諦め、職務に専念した。
その一方で、
「よくぞ、尚侍に復帰してくれた。職務に専念し、宮中女官を指導してほしい」
「その御言葉に従い、職務に奮励努力するつもりです」
実際に尚侍として宮中に復帰した初日に、今上(後水尾天皇)陛下と鷹司(上里)美子は、そのような会話を交わすことになった。
美子は改めて考えた。
本当に何事も今上陛下との間に起きませんように。
これで、第76章と言うか、第13部を完結させます。
第14部は10日程、お待ち頂いた後で投稿開始予定で、主に1615年が舞台になります。
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