第76章―8
更に皇后陛下、(徳川)千江を後押しする者までいた。
それが誰か、といえば、言うまでも無いことだが、今上(後水尾天皇)陛下だった。
「確かに本来から言えば、宮中を取り締まるのは皇后だが、色々と大変だろう」
「本当にすみません。私が力不足で」
今上陛下は、内心を押し隠して、皇后を慰めるやり取りをした後で、甘い毒を吐いた。
「ここは鷹司(上里)美子を、尚侍に復職させて、宮中を取り締まるべきではないかな。君(皇后)が、御姉さま、と美子を呼んでいるとも聞いている。どうだろう」
「えっ」
今上陛下の言葉を聞いた皇后陛下は絶句した。
(メタい話になるが)皇后になるのを決意した際に、(この世界では)宮中女官という名の愛妾が今上陛下に侍るのは聞かされている。
そして、それが分かって、皇后になるのを自分は決意していたが。
だが、そうは言っても、所詮は宮中女官は体だけの関係、と(現実で言えば中学校の女生徒ということもあって)自分は甘く考えていた。
しかし、日本に来て、更に今上陛下と直に度々お会いして、姉の九条完子を始めとする様々な人と逢って話をするうちに、何となく自分が察したことがある。
少なくとも今の今上陛下の最愛の女性は、鷹司(上里)美子だという現実だ。
更に言えば、美子は今上陛下の想い、好意を受け入れる気が全く無い。
こうしたことから、美子を宮中に呼び戻さねば、何れはほとぼりが冷めて夫、今上陛下の目が覚めて、自分を第一に考えるようになると自分は考えていたのだが。
こんな状況で、美子を尚侍に復職させては、それこそ焼け木杭に完全に火が付いて、夫、今上陛下の目が美子のみを見る事態が起きかねない。
だが、その一方で、千江の脳裏に浮かぶ禁断の考えがあった。
まだ、美子が夫の寵愛を受けるのならば、様々な自らの誇りが保たれる。
それこそ伝聞で自分は聞いただけだが、祖父の徳川家康と最初の正妻の瀬名の関係を思えば。
祖父と瀬名の関係が破断したのは、祖父の愛人が子持ちの異人種ばかりというのが大きかったらしい。
(更に言えば、その殆どが年季奉公人として北米に来た身だった)
瀬名にしてみれば、自分は名門の今川家の出身なのだ。
そんな自分よりも、年季奉公人で、更に子持ちの異人種の方が良いと言うのか。
瀬名にしてみれば、自分の誇りを積極的に踏みにじる行為で、祖父と完全別居に至ったのだ。
(この世界では、人種混淆といえる)北米共和国内で育った千江の目からすれば、瀬名の考えは人種差別が入っていて、余りな考えでは、と千江は考えるが、その一部には共感せざるを得ない。
夫の浮気相手が自分よりも上といえるならば、仕方がないか、と自分は渋々だが諦めがつく。
だが、明らかに見下すような相手と、夫が浮気をしては、自分の誇りが保てない。
自分としては、こんなに早く皇后陛下と呼ばれる身になるとは考えてもいなかったし、それこそ今上陛下(当時は皇太子殿下)との結婚を決意する際に、宮中女官という名の愛妾が夫に侍るのを覚悟した上で嫁いではいるが。
そして、宮中女官は公家の出身者ばかりなのを考えれば、祖父と瀬名のような事態は無いが。
(この頃の千江は、美子には異人種の血が入っているどころか、(この世界では)血筋的には日本人と言い難いのを、よく知りません。
この世界では、日本と琉球は別の国で、美子の父方祖父の上里松一は皇軍出身なので日本人扱いされますが、細かく言えば琉球人になり、更に父方祖母の愛子は華僑と琉球人の間に生まれたハーフになるからです。
美子の母方になると、完全にアラブ系になります)
千江は散々に悩んだ末、美子が夫の浮気相手にならないように看視すればよいか、と決断した。
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