第76章―6
幕間めいた話になります。
尚、この姉弟のことですから、他にも色々と世界の裏に関する話を交わしています。
実際に鷹司(上里)美子の考えは、かなりの部分で当たっていた。
「本当に私の不倫騒動を世界中で引き起こすなんて。70歳過ぎの好々婆を醜聞に塗れさせる気なの?」
「それくらい当然の報いでしょう。ローマ皇帝を激怒させ、ローマ帝国の大宰相以下、閣僚の半分以上に生命の危険を覚えさせ、更に甲賀や伊賀の出身者が未だに過半数を占めるといえるローマ帝国諜報部の面子が泥塗れになったといえるのですよ。ローマ帝国が総力を挙げても当然でしょう」
織田(三条)美子の皮肉に、上里勝利は平然と返した。
「残念でした。1569年春に私は子どもを産んでいて、新聞報道もされているのよ。1568年のオスマン帝国訪問中に、私が子どもを産む等、生物学的にアリエナイ話よ」
「姉上が人間の筈が無いでしょう。私をフェンリル狼の化身と喝破した以上、姉上はヨルムンガルドの大蛇の化身の筈ですから。だから、問題無く姉上は子どもを産める筈です。それに姉上程の立場があれば、新聞報道くらい、政府からの発表と言う形で簡単にねつ造できるでしょうに」
姉弟の会話は更に皮肉を深めた。
「ふん」
美子はわざと鼻を鳴らして、弟との会話を強引に打ち切った。
織田(三条)美子の下に、広橋愛は自分が不倫をして産んだ隠し子で、その関係から鷹司(上里)美子は美子の実の孫になる、という噂が世界で流れている、という噂が飛び込んできたのは半年余り前だ。
何でそんな噂が世界で流れているのか、美子は自らが持っている様々な表裏のコネを駆使して調べた結果、その噂の背後にはローマ帝国政府が存在するのを知ったのだ。
そして、ここまで噂が広まっては、下手に揉み消そうとするのは、却って噂が真実だとして、噂を広めることになると美子は判断して黙殺することにしたのだが。
そうは言っても、弟に一言、文句を言わざるを得ない気分に美子はなったという次第だった。
だが、弟の方が、腹の虫が完全に収まっていなかったようで、裏事情の説明を始めた。
「いいですか。世間一般では、鷹司(上里)美子の実母の広橋愛は、オスマン帝国のカリフの傍に仕えていた女奴隷とされているのですよ。そんな女奴隷の産んだ娘が、ローマ帝国のエウドキヤ女帝陛下と対等に渡り合えた等、あってはならない話で、それこそローマ帝国の皇帝の権威が貶められるのです」
「酷い差別を聞いた気がするわ。奴隷が産んだ子は奴隷だ、とでも言うつもり」
弟の言葉に、姉は皮肉で応えた。
「更に言えば、今回の日本の皇太子殿下の御成婚騒動で、私も含めてローマ帝国の閣僚の大半が、命の危険を覚えたのですよ。意趣返しをされて当然でしょう。本当に何で根回しをしてくれなかったのですか」
「フェンリル狼の化身の弟ならば、お茶の子さいさいでしょうに。本当に認知症になってない?」
「弟の私をそこまで可愛がりますか。それならば、ヘルは誰なのですかね。妹の和子の筈が無い」
「妹の智子がいるじゃない。智子こそヘルの化身よ」
弟の更なる論難を、姉は軽くいなした。
「序でに言えば、姪の美子の護衛の「天皇の忍び」に、甲賀や伊賀の面々が軽んじられたのが、ローマ帝国諜報部上層部にとって大いなる屈辱だったようで、諜報部の方からこの工作に奔走してくれました。本当にもう少し、人の面子を大事にしてください」
「そんなことで面子が潰れたとか。甲賀や伊賀の面々こそ、鍛え直されて当然でしょうに」
続けざまに浴びせられた弟の言葉を、姉はいなして済ませたが。
姉、織田(三条)美子は内心で舌を出して、苦笑いするしか無かった。
ここまで弟の周囲が動く事態が起きるとは、ちょっと(?)やりすぎたかな。
姪の愛や美子に、後で謝っておかないとね。
ご感想等をお待ちしています。




