第75章―25
そして、トラック基地以外に目を向けるならば。
「本当に凄い映像ばかりですね」
「全くだな」
鷹司(上里)美子は、夫の信尚に話しかけて、夫も相槌を打った。
流石に生中継は(この時代の技術的に)無理で、有人宇宙飛行船が打ち上げれられる画像や宇宙から地球を映した画像等が録画でテレビで流されている。
それを自分達の子ども達をあやしながら、鷹司夫妻は共に見ていた。
そして、黒田栄子と徳川秀忠大統領の会見シーンが、引き続き生中継で流されて、それも鷹司夫妻と子どもらは仲良く見た。
美子はそれを見ながら想った。
栄子さんの実母の保科(久松)亀子さんは、この光景を見てどう思うだろうか。
秀忠殿だから、まだ流せるだろうが、これが家康殿ならば。
「右手で握手した際に、左手で私の兄の家康を刺すように」
と娘に陰で言いそうな気がする。
何しろ夫二人が事実上は戦死したのだ。
夫を殺された女性として、私でもそう言うだろうから。
夫を愛している一人の女性として、そんなことを美子は考えた。
そんな物騒なことを、妻が考えている等、信尚には思いもよらぬことだった。
だから、信尚は妻の美子からすれば、ズレたことを言った。
「ところで、黒田栄子は、今上陛下やローマ帝国のエウドキヤ女帝陛下の下を訪ねるらしいな。他にも世界の多くの国から招待状が送られているらしい。どれ程の国や人を訪ねるのだろうか」
「さあ、本当に多くの国を黒田栄子様は訪れることになるでしょうね」
虚を衝かれた美子は当たり障りのないことを、夫に対して言った。
「だろうな」
信尚は、妻の言葉にそう返した後、更に妻の内心に気づいていない科白を言った。
「黒田栄子が今上陛下の下を訪れる際には、当然に皇后陛下になる徳川千江殿も同席するだろうが。徳川千江殿は、優秀な学生、生徒なのか」
「平均よりは上、と私は考えますが、それ以上のことを言っては、色々と差し障りが」
美子は言葉を濁さざるを得なかった。
実際、徳川千江は(次話以降で後述するが)今では、美子の教え子と言って良い立場にある。
更に言えば、これは九条完子が、同級生の親友である美子に頼み込んだ結果だった。
完子にしてみれば、自分の妹になる千江に少しでも良い教師を付けよう、と考えて行動した結果なのだが、美子にしてみれば、極めて頭の痛い結果を引き起こしている。
「確かに皇后陛下を誹謗した、と取られかねないことは身内しかいない場でも言えないな」
信尚は笑いながら言った後、真顔になって妻の美子に言った。
「折に触れて、自分を指導してほしいのです。貴方(信尚)からも、何としても尚侍に復職して随時、自分の相談相手になって欲しい、と自分が言っていた、と妻の美子に伝えてほしい、と皇后陛下から直に言われてしまった。尚侍に復職する気はないか」
「えっ」
夫の言葉に、美子は絶句せざるを得なかった。
自分が教え子になる千江、皇后陛下に気に入られているのを、自らも察してはいたが。
そこまで、皇后陛下が仰せになるとは。
更に言えば、自分の脳裏では、その背後には今上陛下の影がチラついてならない。
今上陛下が自分に未だに執着しているのを、美子は察している。
だからこそ、宮中復帰を自分は拒んできたのに。
選りによって、本来ならば最大の恋敵(?)になる皇后陛下から、そのような言葉を賜るとは。
「しかし、今上陛下が私と再会して、執着するようなことが起きそうな気が」
美子はそれとなく夫、信尚を諫めたが。
信尚は大らかなものだった。
「それこそ皇后陛下を迎え、宮中女官もいるのに。今上陛下が、子持ちの人妻である君に手を出す筈が無いよ」
「そうですよね」
美子はそう返しつつ、考えた。
本当に大丈夫なのだろうか。
これで第75章を終えて、次から新章の第76章となります。
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