第75章―22
そんなてん末があった末に、黒田栄子は世界初の有人宇宙飛行を果たすことを大前提にして、様々な最終調整等が行われることになっていった。
その中で、色々と思わぬことも起きることになった。
そうした中の一つが。
「本当に宇宙空間での有人宇宙飛行を行っているのか、画像で一目瞭然にできないだろうか」
(既述だが)この問題の解決について、様々な科学者や技術者等が頭を痛めて会議をしていた場に、黒田栄子が参加していて言ったのだ。
「私が大事にしている熊のぬいぐるみを、私の傍にぶら下げておいては、どうでしょうか」
「どんな意味があるのだ」
幾ら科学者とはいえ、すぐには全てのことに頭が回る訳がない。
そうしたことから、その会議の場にいたある科学者は疑問を示す発言をした。
「無重力状態になれば、全ての物が浮かぶ、浮遊する状態になるのでは」
「確かにその通りだ」
黒田栄子とその科学者はやり取りをした。
実際、これまでに犬や猿等を使って行われた宇宙飛行において、それは画像等で確認されている。
(更に言えば、人間ならば、そういった状態になるのを予期して、宇宙飛行に赴くことになり、それに対する心構えをして対応できる。
だが、犬や猿等にしてみれば、いきなり、そんな事態に放り込まれることになり、人間で言えば、訳が分からない状態だとして、猛烈なストレスが掛かることになるのだ。
幾ら犬や猿等の方が、人間よりも感受性が低いとはいえ、モノには限度がある。
そういったことから、宇宙空間から無事に帰還できない犬や猿等が多数いる事態が起きたのだ。
その一方で、犬や猿等の宇宙飛行からの生還率が低いのは、そういった原因が大きいのが、徐々に分かったことから。
多くの科学者や技術者が、有人宇宙飛行が成功する可能性が高いのを確信する事態が起きていた。
「私はほぼ固定状態ですので、無重力状態になったのが、画像では分かりにくいでしょう。でも、傍に目を引くもの、ぬいぐるみがあって、それが浮かび上がれば、無重力状態になったのが、一目瞭然では」
「確かにそう言われればそうだ」
「それに私にしても、見慣れた物が浮かび上がれば、間違いなく宇宙にいる、と確信できます。何しろ窓も小さい代物ですし」
「確かにそうだな」
会議の場は和やかに進んだ。
実際に栄子が言う通りで、宇宙船の外が見られるように、具体的には航行中に宇宙から地球が見えるように世界初の有人宇宙飛行船は建造されている。
だが、安全性の問題から、それは極めて小さい窓(のような代物)にならざるを得ない。
そうしたことから、このことを栄子は提案して、周囲もそれに同意することになった。
このことが決まったとき、栄子は想った。
子どもとの約束がこれで果たせる。
それにしても、宇宙に本当にぬいぐるみを持っていけることになるとは想わなかった。
そして、有人宇宙飛行計画が半年遅れて、私にとっては本当に良かった。
もし、当初の予定通りだったら、宇宙飛行士の訓練が本格的に始まる頃には、私は出産直後の身で、訓練に参加する等は不可能な状況だった。
だが、日本の皇太子殿下の御成婚式(更に言えば、皇太子妃の徳川千江は、私は直に逢ったことは全く無いが、従兄の娘という遠縁になる)のために、有人宇宙飛行計画が半年先延ばしされたことから、宇宙飛行士訓練に参加して、世界初の有人宇宙飛行を果たすことが私は出来そうなのだ。
他の宇宙飛行士の殆どが、私をやっかんでいるが。
(中にはスト破りをしやがって、という者までいるが)
素直に上里秀勝長官の命令に従わなかった貴方達の方が悪い。
それこそ、貴方達も軍人ではないのか。
軍人ならば、如何に不満な命令であっても従うべきなのだ。
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