第75章―21
「えっ、私が世界初の有人宇宙飛行を行う宇宙飛行士になるのですか」
「その代わり、完全遠隔操作で、文字通りに宇宙に行って貰うだけになります」
「それでも、世界初の宇宙飛行ができるのならば、私は構いません」
1611年の初秋、黒田(保科)栄子は、上里秀勝長官とそんな会話を交わすことになった。
「多くの宇宙飛行士が誇り高くて、宇宙空間で様々な作業をさせろ、宇宙船を操縦させろ、と言う現実があります。とはいえ、幾らぶつかるものが、殆ど存在しないとはいえ、超音速航空機の約10倍の高速で宇宙空間を進む宇宙船を、いきなり操縦させては、余りにも危険性が高すぎる。だから、そういった主張を拒んだら、それならば自分達は宇宙船に乗れなくとも構わない、とかいう現実があります」
「確かに、私の周囲の多くの宇宙飛行士候補生が、そう言っていますね」
上里長官と黒田栄子は、そんな会話を交わした。
「それで、この際、そのようなことを言っていない貴方に、世界初の有人宇宙飛行を行っていただきたいのです。そうすれば、多くの宇宙飛行士が頭を冷やすでしょう。それに貴方を選ぶ理由も、それなりにあります」
「確かに私は日本本国とも、北米共和国とも縁がありますから。依怙贔屓と言われるやもしれませんが、それなりの小理屈が立つ身ですね」
上里長官と黒田栄子の話は、更に進んだ。
「そんなことを言いだしたら、私も身内贔屓と言われかねないのですがね」
「確かにそうですね。長官の義妹は、北米共和国大統領の徳川秀忠殿の妻ですから。長官による身内贔屓と言われても当然ですね」
二人の話はさらに深まった。
言わずもがなだが、上里秀勝の妻は、浅井長政夫妻の長女の茶々である。
そして、浅井長政夫妻の三女の小督が、徳川秀忠大統領の妻なのだ。
更に既述だが、黒田栄子は徳川秀忠の従妹である以上、身内贔屓との非難が起きて当然なのだ。
だが、そうはいっても、それこそ俺達は猿以下の扱いなのか、と殆どの宇宙飛行士が怒っている、世界初の有人宇宙飛行に志願する宇宙飛行士がいないのも、(この世界の)現実だった。
殆どの宇宙飛行士が、プライドもあって、ストライキを決め込んでいる。
そうすれば、世界初の有人宇宙飛行の際に、様々な実験を自らが出来る、と彼らは考えている。
だが、宇宙飛行士以外のこの基地に集っている科学者や技術者等の面々は、それは余りに危険が大きすぎると考えている。
何としても、世界初の有人宇宙飛行を成功裏に終わらせる必要がある。
そうなると、地上から完全に遠隔操作を行うべきだ。
幾ら宇宙で障害物が無い(筈の)空間を飛行するだけだ、とはいえ。
大気圏内でマッハ2をやっと超える程度のジェット機を操っただけの者が、大気圏外でマッハ23以上の高速で飛行する宇宙船で作業を無事に遂行できるのか。
それこそ時速250キロ程しか出ない複葉機を操縦していた者が、いきなりマッハ2近い高速が出る超音速ジェット機を操縦するに等しい暴挙だ、とこのトラック基地に集っている科学者や技術者達の殆どが考えるのも無理が無い話だったのだ。
だから、世界初の有人宇宙飛行について、何とも皮肉なことに、身内贔屓等の非難が浴びせられることになったが、最終的には黒田栄子が、上里秀勝によって選ばれることになった。
黒田栄子は、世界初の有人宇宙飛行を果たせるのならば、上里秀勝の命令通りに、地上からの完全な遠隔操作に従うことを承諾したからだ。
ウィリアム・バフィンやヤコブ・ルメールらは、この流れについて、素直に上里秀勝に従うべきだった、と後悔したが。
後悔先に立たずで、最終的には黒田栄子が世界初の有人宇宙飛行を果たすことになったのだ。
ご感想等をお待ちしています。




