第75章―19
そんなことを黒田(保科)栄子が考えている頃。
上里秀勝は長官として、改めて有人宇宙飛行計画の再策定を行っていたが。
「どのような有人宇宙飛行計画を断行すべきかな」
「実を言うと、有人宇宙飛行計画ですが、結果的に放送(通信)衛星の打ち上げを先に行ったことで、まずは弾道飛行という方法ではなく、最初から軌道宇宙飛行という方法で行うことが可能と考えます」
「そうか。それならば、何としても軌道宇宙飛行で有人宇宙飛行計画を断行しようではないか」
「はい」
上里長官は部下達とそんなやり取りをした。
さて、弾道飛行と軌道宇宙飛行という言葉が出て来た。
メタい話を度々することになるが、どう違うのかというと。
弾道飛行は、大砲の弾のように弧の弾道を描く飛行形態で、一般的には、弾道ミサイルや軌道に到達しないロケットの飛行経路を指す言葉として使われる言葉である。
この弾道飛行には、宇宙空間に到達でき、かつ必要な速度は抑えられるというメリットがある。
だが、その一方で、速度が第一宇宙速度(28,400 km/h)を超えないため、いずれは地表に到達し、地球を回る軌道となることはないのだ。
それに対し、軌道宇宙飛行は、宇宙船が少なくとも1つの軌道の間宇宙に留まることができる軌道上に配置される宇宙飛行をいう。
地球の周りでこれを行うには、周囲の高度(最も近いアプローチの高度)が80キロメートル (50 mi)の自由軌道上にある必要がある。
更に、この高度で軌道を維持するには、第一宇宙速度以上の軌道速度が必要である。
そうしたことからすれば、どちらが実際に達成して、宇宙飛行を行うのが容易かといえば、弾道飛行なのは言うまでもないことだった。
だが、その一方で、一般人に対して、明らかに有人宇宙飛行に成功した、と見せつけることからすれば、軌道宇宙飛行なのは言うまでもないことだった。
こうしたことから、上里長官とその周囲は、どちらで世界初の有人宇宙飛行を行うべきか、頭を痛めていたのだが。
皮肉なことに、日本の皇太子殿下の御成婚式を世界にテレビ中継する関係から、放送(通信)衛星の打ち上げを優先して行って、それによって現場がロケットの打ち上げの経験を積み重ねることが出来たことから、弾道飛行を行わずに、軌道宇宙飛行を断行できる目途が立つことになったのだ。
だが、それでも頭を痛めることには事欠かない、というしかなかった。
特に頭を痛めたのが、
「どうすれば、宇宙空間に赴いたのが、映像上で一目瞭然になるかな」
「そうでなければ、本当に宇宙空間に赴いているのか、という非難の声が挙がりそうだ」
「実際、世界初の人工衛星の打ち上げと、それに伴う電波のやり取りにしても、本当に人工衛星と電波のやり取りをしたのか、という疑念の声が世界のあちこちから挙がるしな」
「本当にどうしたら、良いだろうか」
そんな会話が、会議の場で交わされた。
更に頭が痛い事態なのが。
「多くの宇宙飛行士が、内心では嫌がっています」
「そうは言ってもな。万が一を考えたら、地上から完全に操縦する方が安全だから。勿論、万が一、地上から操縦できなくなった場合には、宇宙飛行士が操縦できるようにはするが」
「俺達は犬じゃない。と陰では殆どの宇宙飛行士が零しています」
「そうは言っても、宇宙に赴いた経験が全く無い中、優秀な人材を集めたとはいえ、いきなり宇宙で宇宙船を操縦して大丈夫と言えるのか。それこそ超高速の操縦を強いられるのだぞ」
「宇宙なので障害物が無いとはいえ、マッハ23以上の超高速物体の操縦を行うというのは、危険が大きすぎると考えるのですが、宇宙飛行士はそうではないようですね」
そんな会話が交わされた。
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