第75章―10
「とはいえ、トランジスタを使った最新式の計算機を使っても、限度があるな」
「その通りだな。軌道計算を行うための式は、どうしても人間が組む必要があるからな。更にその式に打ち込む数字が誤っていてはどうにもならない。それを調べて、確認してとなると本当に大変だ。週40時間労働が基本だから、何とか身体が持っている気がするな」
「自分も同様だ」
ガリレオとケプラーは、愚痴り合った。
たかが週に40時間の労働で、心身が疲労しきるというのは甘えだ、と叩かれそうだが。
実際問題として、現場で軌道を始めとする様々な計算を行う科学者や、実際に打ち上げられる人工衛星やその為に必要なロケットを製造する技術者や工員に対して掛かる重圧は。半端なモノではなかった。
何しろ世界の三大国である日本と北米共和国、ローマ帝国が関わる大事業であり、更に言えば、その背景として、日本の皇太子殿下と、北米共和国大統領の次女にしてローマ帝国の女帝の養女の御成婚式の一環でもあるのだ。
更に言えば、ローマ帝国のエウドキヤ女帝の様々なやらかし(?)は、世界史上空前の女性の暴君という評価を世界中に広めており、この大事業に失敗したら、文字通りにクビが飛ぶ、飛ばなくとも生きている間は南極送りになるのでは、という危惧を現場の面々に抱かせる惨状を呈していた。
だから、週40時間程の労働ではあったが、絶対にミスが赦されないという心身に掛かってくる重圧から、月曜の朝には元気でも、金曜の夕方には疲労しきった心身を引きずって帰宅する面々ばかりという事態がトラックの地では起こることになっていたのだ。
それはともかく、といっては何だが。
だからこそ、怪しげな噂が世界中から、トラックには持ち込まれる事態が起きていた。
「文字通りに世界を回って、日本の皇太子殿下の御成婚を主にまとめたのは、罷免された日本の宮中女官長、尚侍の鷹司(上里)美子らしいな」
「ああ、自分もそう噂というか、極めて怪しげなレベルの話として聞いている」
ガリレオとケプラーは、少し声を潜めて語り合った。
「その鷹司(上里)美子だが、実は出生に秘密があり、織田(三条)美子の実の孫らしい」
「そんなことはアリエナイ。飛んだ陰謀論にも程がある話だ」
ガリレオの言葉に、ケプラーは笑い飛ばすように言った。
実際に鷹司(上里)美子と織田(三条)美子は、全くの赤の他人である。
だが、ガリレオはケプラーに更に声を潜めて言った。
「あのエウドキヤ女帝に直言して、日本の皇太子殿下の御成婚を最終的にまとめた19歳の女性が、特別な血を引いていない筈が無い。そうは思わないか」
「そう言われれば」
ガリレオの言葉を聞いたケプラーは、思わず背筋を正した。
実際にエウドキヤ女帝は、様々な逸話に包まれた女帝だ。
イヴァン雷帝の実の娘で、父に勝るとも劣らない世界史上最高の女性の暴君と世界で謳われている。
例えば、実際に兄のフョードル1世の後継者としてロシア帝国(モスクワ大公国)に、ローマ帝国軍を侵攻させた際に起きた惨劇は、世界中の人々の背筋を凍らせたと言って良い。
その際にエウドキヤ女帝は、ロシア帝国の皇帝ボリス・ゴドゥノフ以下の敵対した貴族の当主や大聖職者全員を容赦なく首を刎ねて、遺体を火葬に処した。
更に、自らの帝位継承を認めなかったとして、リューリク朝の男系男子全員が同様の目に遭ったのだ。
又、東西教会合同に反対したローマ教皇を叱り飛ばして土下座させた、という噂話までもある程だ。
他にも様々に残虐な逸話等が、てんこ盛りにある女帝である。
そんな女帝と正面から対峙できる人間が、世界中でどれだけいるだろうか。
何しろローマ教皇でさえ平伏するのだ。
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