第74章―13
そんな義姉にして実母の裏事情について、鷹司(上里)美子は、それなりに情報を得ていた。
未だに正式に貴族院議員に成れない年齢とはいえ、義父の鷹司信房は内大臣であり、おじの二条昭実は元首相なのだ。
更に労農党党首の伊達政宗は、従兄になる。
そして、自身も尚侍を務めた身であり、宮中の綱紀粛正に辣腕を振るったことから、内大臣府から事実上の独立を果たしている内侍司から、随時に裏の情報までもが、自分には入ってくる。
本来、自分は鷹司信尚の妻として、鷹司家に引き籠っていれば良い立場の筈なのだが、それこそ元尚侍だし、他にも様々な閨閥の繋がりを無視して、自分がのんびりとしていては、自分や家族、上里家諸々に政治的な火の粉が何時とんでくるか分かったものではない。
何しろ自分自身が、これまでの自身の経験から痛感しているが、自分の閨閥は世界の三大国に完全に通じており、思わぬ事態に巻き込まれかねないのだ。
それに今上陛下から勅勘を事実上は受けた身であり、その一方で、皇太子殿下の自らへの執着が収まっていないとの情報が届く等、宮中からも目を離していては、思わぬことが自分や周囲に起きかねない。
そうしたことから、美子はひたすら耳を澄まして、国内外の政府関係や日本の宮中関係の情報収集と分析に当たらざるを得なかったのだ。
「本当に公家の情報網は怖ろしいわね。私の下に入ってくる情報は、ほんの一部でしょうけど、というか、そうでないと困るけど、尼子勝久内閣が発足したとはいえ、保守党内のゴタゴタがよく分かるわ」
「そんな状況なのですか」
「ええ」
美子は表向きは侍女である磐子を相手に愚痴っていた。
皇太子殿下の結婚の件で、今上陛下を激怒させて尚侍を罷免された以上、内侍司とのやり取りについて、美子は密行せざるを得なかった。
皇后陛下は美子の行動を了として認めているとはいえ、内侍司を混乱させる訳には行かないからだ。
今上陛下は、皇太子殿下の結婚について、(現代風に言えば)様々なサボタージュをしているらしい。
そうしたことから、却って皇后陛下や五摂家は、美子を裏で活用して内侍司を動かすことになった。
そして、裏で活用される以上、美子と内侍司とのやり取りは隠密裏に行われる必要がある。
この件を磐子が「天皇の忍び」の頭領に相談した末に、磐子が美子との窓口になり、「天皇の忍び」が磐子に内侍司からの情報を渡して、磐子が美子に伝えて、更に美子は磐子を介して、内侍司を動かす等の様々な行動をしている。
そして、この件を鷹司家の家族や使用人で知っているのは、秘密保持の為に美子と磐子だけだ。
だから、美子と磐子は密談をする羽目になっていた。
表向きは磐子は美子のお気に入りの侍女ということになっている。
とはいえ、住み込みでは無く八瀬の自宅からの通いで、侍女の仕事を磐子はしている。
普通の女人ならば、八瀬から鷹司家まで8キロ余りも離れており、それこそバス等を使うのが当然なのだろうが、磐子は普通の女人ではない。
日頃から身体を鍛えたいから、との名目で磐子は歩いていて、往復1時間程で自宅と鷹司家の往復を果たしている。
(美子に言わせれば、どう見ても磐子は走っているとしか、言いようが無いが、磐子は歩いている、と美子には言い張っている)
閑話休題、ともかく、そうした通勤等の事情から、八瀬の磐子の自宅に内侍司からの秘密情報が届けられ、磐子が秘密情報を美子に伝え、又、美子から磐子を介して内侍司に指示が為されているのだ。
そういった様々な裏事情が相まって、美子は磐子に自らが得て整理した事情を話すことで、自らの頭の中を整理して、今後の自らの様々な活動に役立てる事態が起きていた。
鷹司(上里)美子の立場上、完全に政界から離れて、政界の騒動を高みの見物という訳には行かず、どうしても注視して、行動を検討せざるを得ないのです。
尚、磐子ですが、基本的に美子の言葉と指示を聞くだけです。
美子自身が自らの考えを整理して、他人に伝える準備の関係で、磐子は美子の考えを聞かされている、ということでお願いします。
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