第73章―24
「えらく(上里)勝利義兄上に気に入られたようだな」
暫く家族の間で沈黙の時が流れた後、娘の鷹司(上里)美子を少し揶揄するように上里清は声を挙げた。
というか、上里清ならずとも、この場にいる家族全員が内心で驚愕していた。
上里勝利は、エウドキヤ女帝に黙って従うだけの無能な忠犬と言って良い帝国大宰相だったと世界中の多くの人から見られているが、実際にはそれなりどころではない有能な政治家で、それこそ実の姉妹である織田(三条)美子と同等の才能を持つと評する人が、世界にはそれなりにいる。
更に言えば、この場にいる全員が、上里勝利に関しては後の評価が正しいと考えていた。
その勝利が、義理の姪である美子に、ここまでのことを言うとは。
裏返せば、勝利は義理の姪を端倪すべからざる政治家の資質があると認めているということになる。
「ええ、皇太子殿下の縁談をまとめた際に、直に勝利伯父様に逢いまして、その際に気に入って下さったみたいです。そして、これは秘密だよ、と前置きを付けて、それなりのことを暗号文の手紙で私に伝えて下さるようになりました」
美子は、声を潜めて家族に言った。
「そんな手紙のやり取りをして良いの」
養母の理子が娘の美子をたしなめたが、美子にしてみれば必要悪である。
「あら、義理とはいえ伯父姪の私信ですよ。何の問題も無い話です。後、武田(上里)和子伯母様とも似たような手紙のやり取りをしています」
美子は平然と言った。
「本当に上里家は天下の不忠者が揃っておる、と今上陛下が陰では言われていると弟(の広橋兼勝)が言っていますが、そう言われても、この件からすれば仕方がない気が私はしますね」
理子は更に娘の美子をたしなめるようなことを言い、本来的には道徳的によろしくないと考えている以上、流石に美子も俯かざるを得なかった。
それはともかくとして。
「それで、勝利義兄上は何と言っているのだ」
清は娘に答えを促した。
「伯父様によれば、ユーラシア大陸を東西に横断する大鉄道の建設は諸刃の剣だ。それこそ北米共和国までが、様々な資金や物資の協力を惜しまない、と言っており、現在進行形で行っている宇宙開発と同様に世界各国の宥和を、世界中の人々の目に見せる代物になるだろう。だが、その一方で、宇宙開発と異なり、鉄道の建設は人や物を大量に輸送することを可能にすることもある。それは、平時でも戦時でも多大な影響を与えるだろう。そういえば、姪のお前ならば分かるだろう。そんな感じで示唆されました」
美子は、父やその周囲に言った。
「確かにな。戦争になれば、大量の人や物が動かざるを得ない。そうしたときのことを考えれば、大規模な鉄道建設は諸刃の剣だな」
退役したとはいえ陸軍大将を務めた清は、娘の美子の言葉を聞いて、そう言わざるを得なかった。
「取り敢えずは、ローマ帝国はそれなりの金や物を提供してでも、大鉄道の建設をリンダン・フトゥクト・ハーン等のモンゴル系諸民族やトルコ系諸民族と行いたいようで、リンダン・フトゥクト・ハーンもローマ帝国に対する警戒心は抜けないながらも、ローマ帝国が金や物を提供してくれるのなら、あからさまに敵対しないようだ、と伯父上は手紙に書いてきています」
「それは良いことね。下手に敵対心を煽れば、相手も敵対心を煽る。その結果、抜き差しならない事態にまで至ってはどうにもならないわ」
義妹の美子が、父の清の言葉に更に付け加えて言ったのに対し、愛は口を挟まざるを得なかった。
愛は考えざるを得なかった。
本当に敵対心を煽り合うのをお互いに自制しているのが、それなり以上の救いと言える。
煽り合った末に引くに引けなくなってはおしまいになる。
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