第73章―16
こうして後金とチャハル部の講和、連携は成ることになった。
更にこれによって、後金は完全に対明戦争に集中できる態勢を整えることになった。
何しろ朝鮮は後金に対して父子の礼を執ることになったのであり、モンゴルで最強のチャハル部が後金を兄とする立場を取ることになったのだ。
こうなっては、ローマ帝国の勢力こそ、徐々に潮が海に満ちて海面が上昇するように、シベリアをローマ帝国の領土としつつあるとはいえ、実際の軍事力が現時点では乏しい以上、後金はローマ帝国を事実上は無視できる状況になった。
だが、後金にしても、ローマ帝国が懸命に東進の努力を行っているのを察しており、こういった情勢は数年で激変しかねない、と日本からの情報提供もあって察していた。
そうしたことから、後金は対明戦争を本格的に志向して、実戦に突入することになるが、それ以前にヌルハチとリンダン・フトゥクト・ハーンの会談が終わった直後のことを述べるならば。
「リンダン・フトゥクト・ハーンは、まだまだ若いですな。私の言葉に完全に載せられたようだ」
「全くだな」
会談が終わって、リンダン・フトゥクト・ハーンが去った後で、ヌルハチが発した言葉に、上里清は少し不機嫌を漂わせる答えをした。
「何か問題が」
「口を開いたら、却って問題になりそうだったので、黙らざるを得なかったが、トンデモナイことをそそのかしたものだな。東アジアから中央アジア、更には西アジアから東欧にまで広がるモンゴルやトルコ民族を、対ローマ帝国戦争に煽るようなことをするとは」
ヌルハチの問いに、上里清は皮肉を利かせた答えをした。
「でも、これくらいのことをしないと、ローマ帝国の東進に対応できないでしょう。勿論、日本が本格的に対ローマ帝国戦争に踏み切る覚悟があり、10万人単位の陸軍を満州に常駐させて下さるならば別ですが、そこまでの覚悟が(日本政府には)あるのですか」
「自分の立場から明確には言えないが、あるとは言い難いだろうな」
ヌルハチと上里清は、更に言葉を交わした。
「そうなると、我々としても、自らの生活のために、ローマ帝国の東進が困難になるように、様々な方策を巡らさざるを得ません。そして、その方策の一つとして、仏教徒とイスラム教(スンニ派)信徒が手を組むのは妥当なことでは」
「全くその通りだから、却って気に食わぬのだ」
ヌルハチの問いかけに、上里清は少し横を向いて言わざるを得なかった。
ヌルハチの底意、更にリンダン・フトゥクト・ハーンのこれからの行動が、皮肉な程に上里清には読めてならなかった。
リンダン・フトゥクト・ハーンに対して、ヌルハチは武器を始めとする様々な援助を行うつもりだ。
それによって、モンゴルを再統一して、ローマ帝国の防壁の一翼を担わそうとしているのだ。
更に、中央アジアにいるイスラム教を信奉するトルコ系民族とも、リンダン・フトゥクト・ハーンを介して共闘関係を築こう、とヌルハチは策しているのだ。
その結果がどうなるか。
歴戦の軍人であることも相まって、上里清にはその行く末を察することが出来る。
ここまで来れば、オスマン帝国も対ローマ帝国戦争への対策ということも考えて、リンダン・フトゥクト・ハーンと手を組んで、中央アジアのイスラム教スンニ派信徒のトルコ系民族との連携を図ることになるだろう。
そうなっては、ローマ帝国からすれば、仏教徒とイスラム教徒が手を組んで、キリスト教徒との戦争準備を行うように見えるようになるだろう。
更にローマ帝国というよりも、エウドキヤ女帝にしてみれば、「タタールのくびき」再来を懸念する事態と考えるだろう。
上里清は、かなり不味い事態だと考えざるを得なかった。
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