第73章―13
ヌルハチと上里清の会話は続いた。
「この際、同じ仏教徒として共に仲良く手を組もうではないか。その証として、ポロンナルワでチベット仏教の僧侶が修行や研究をするのに、日本までも交えて積極的な便宜を図りましょう。そう私はリンダン・フトゥクト・ハーンに訴えるつもりです」
「ほう、リンダン・フトゥクト・ハーンは熱心なチベット仏教徒と聞いている。その話に乗ってくる可能性は高いな」
「ええ、それにモンゴル全体にローマ帝国の探査隊がたどり着くようになっており、モンゴル全体がキリスト教徒のローマ帝国に対して警戒の色を濃くしているとか、こういった事情も考えあわせれば」
「確かにキリスト教徒の脅威に対して、仏教徒全体が協力すべき、というのは分かり易い話だ」
更にヌルハチは、悪い笑みを浮かべながら、上里清に言った。
「そして、日本はオスマン帝国とは長年に亘る友誼がある。さて、オスマン帝国の軍事指導に一時は当たられ、カリフから女奴隷等まで下賜されたのは何方でしたかな」
「やれやれ、中央アジアのイスラム教スンニ派信徒のモンゴル系やトルコ系の遊牧民族とも、日本やオスマン帝国を介して、更に手を組んで、ローマ帝国と戦えるぞと暗に誘う訳か」
「貴方ならできる、とリンダン・フトゥクト・ハーンは勝手に想像してくれるでしょう」
二人のやり取りは黒い方面に流れたが、上里清は何とも言えない考えがしてならなかった。
確かに自分の現在は義理の娘になっている広橋愛は、元をただせばアーイシャ・アンマールという名のオスマン帝国のカリフに仕えていた奴隷であり、自分に下賜された女性である。
更に広橋愛が産んだ上里美子は、自分の妹夫婦である九条兼孝夫妻の養女になって、鷹司信尚の正妻になり、今では宮中女官長である尚侍として、今上陛下の傍に仕えている。
だから、自分がヌルハチとリンダン・フトゥクト・ハーンとの会談の場に立ち会えば、リンダン・フトゥクト・ハーンは、勝手にこの講和の会談の裏には日本がいる、更にはイスラム教徒と手を組んで、キリスト教徒のローマ帝国と対抗できる、と誤解してくれる可能性が高いという訳か。
恐らくヌルハチは、様々な伝手を悪用して、自分に関する噂を垂れ流しているだろう。
そして、そのほとんどが事実と言って良い。
だから、リンダン・フトゥクト・ハーンが、噂の裏を確認しようとすればする程、その噂が真実であると確信することになる。
更に言えば、自分は会談の場でずっと黙っているだけで良いだろう。
ヌルハチは頭が切れる男だ、私が黙っているだけで、そうリンダン・フトゥクト・ハーンが誤解する方向に会談の内容を進める筈だ。
そして、後金側も、チャハル部側も、それなりの数の面々が会談の場にいる以上は、ずっと自分が黙っていただけなのを後で認めざるを得ない。
自分が単に黙って見守っていたのがダメというのは、かなり難しいのは自明の理だ。
となると、自分は敢えて黙らずに積極的に日本は関与していない、とヌルハチとリンダン・フトゥクト・ハーンの会談の場で訴えるべきなのだろうか。
だが、それはそれで、色々と不味い話になりそうだな。
すっかり衆議院議員の秘書らしくなった広橋愛どころか、尚侍を務める鷹司(上里)美子にさえ、
「お父さんは何を考えているの。こういうときは黙っておくのが当然よ」
とたしなめるというよりも、叱られそうな話になりそうだ。
それに尼子勝久首相以下、日本政府も認める話だろう。
上里清は、それなりに頭が回ることもあってそこまで考えた末。
ヌルハチとリンダン・フトゥクト・ハーンの会談の場に、自分は同席するものの。
その会談の場では、ずっと黙っておくことに決めた。
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