第72章―28
さて、五摂家の内諾を取り付けた鷹司(上里)美子は、近衛前久を介して、皇后陛下(近衛前久の娘)に今回の皇太子殿下の縁談について、秘密裏の上奏を予め行った。
「まあ、そのような縁談が」
皇后陛下も絶句せざるを得ない。
「それにしても夫が怒りそうね。朕の全く知らない内に、息子の縁談が何でまとまっているのか、と。勝手に貴方が根回しを済ませたのでしょう」
「はい。結果的にですが。それにしても10日も経たない内に、ここまで上手く話がまとまるとは」
「まあ、仕方が無いでしょう。貴方への邪恋に堕ちた息子(皇太子)も目が覚めるでしょう」
「御存知だったのですか」
「息子の心根が分からない同居している実母がおりましょうか」
皇后陛下の御言葉に、美子は頭を垂れざるを得ない。
「素晴らしい縁談なのは間違いありません。私からも口添えしましょう」
「ありがとうございます」
二人はそうやり取りをした後、更に美子は3種類の仔牛(オーロックス等)の干し肉の意味を皇后陛下に奏上し、皇后陛下はそれを了解された。
さて、その翌日、改めての覚悟を決めて美子は3種類の干し肉を添え、今上陛下と皇后陛下が同席している場において、皇太子殿下と北米共和国の現大統領の次女である徳川千江の縁談が調った旨を上奏した。
更に徳川千江は、ローマ帝国のエウドキヤ女帝と皇配の浅井亮政の養女になることも、併せて美子は上奏することになった。
美子が話し終わる前から、今上陛下のこめかみは震え出した。
これは激怒されるな。
最もそれも当然、とその場にいる美子と皇后陛下が考えていると。
美子の言葉が終わった瞬間、今上陛下の怒声が始まった。
「朕の息子である皇太子の縁談を、朕に断りも無く行うとは、何を考えておる」
「御怒りは当然で、謝罪しようもありません」
「そもそも異人を、将来の皇后にするとは、断じて罷りならぬ」
「はて、何故にでしょうか」
今上陛下と美子は会話を交わしだした。
「よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ、と私は聞き及んでいます。世界は全てが兄弟姉妹である平和な時代であると思っているのだが、どうして波風が立つような動乱の兆しがみえるのだろうか、そういった意味の和歌です。世界は全てが兄弟姉妹ならば、何故に日本の皇后陛下に、日本人以外を選んではならないのでしょうか。それに日本の皇后陛下になれば、それは日本人では無いでしょうか」
「小娘が小理屈を申すな」
美子の言葉に、今上陛下は更に怒りを込めた声を挙げた。
「ともかく、この縁談は断じて許さぬ」
「怖れながら申し上げます。北米共和国、ローマ帝国、オスマン帝国から、この縁談を寿ぐために共同で、それぞれの国の貴重な野生牛の仔牛の干し肉が贈られています。この意味がお分かりですか」
「何を言う」
頭に血が上っていることもあり、今上陛下は美子の言葉の意味を、すぐには理解しかねた。
「これはこの三国が共同して、これらの仔牛の干し肉のように素晴らしい縁談を勧めているという寓意に他なりません。幾ら日本が世界一の大国とはいえ、この縁談を断るのは、世界に対して大変に失礼なことになります」
「うっ」
美子の言葉に、今上陛下は絶句した。
暫く二人の間に沈黙の時が流れた。
結局、口を開いたのは今上陛下だった。
「この縁談を受け入れよう」
「誠に有難い御言葉」
「その代わり、お前を尚侍から罷免する。罪状は分かっておろう」
「十二分に」
美子は頭を垂れながら返答した。
「宮中から今日中に退出せよ」
「仰せのままに」
「それにしても、皇室を掻きまわして、上里家は天下の不忠者が揃っておる」
最後の言葉に、美子は唇をかみしめた。
兄二人の戦死を帝は何と考えるのか。
最後の辺りを少し補足します。
今上陛下は、目の前の鷹司(上里)美子に加え、織田(上里)美子のことを念頭に置いています。
今上陛下にしてみれば、自分の意向を完全に無視して、基は異国(異界)の出身で平民の上里家の者に、皇太子殿下を勝手に決められ、更に皇太子妃まで勝手に決められた、という想いがしてならないのです。
勿論、鷹司(上里)美子も、織田(上里)美子にしても、皇室にとって良かれ、と想って行動したのであり、皇室を軽んずるつもりは全くありません。
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