第72章―26
「それから、予め申し上げておきますが、私は日本に帰国後、暫くして尚侍を辞職する予定です。今回の皇太子殿下の婚約の件は、あくまでも私一人が奔走しただけで、政府は関与していなかったのを、諸外国に対して暗に知らせるためです」
「成程、この件は尚侍の独断専行、日本政府としては外交方針に変更はない、ということですか」
「その通りです」
「本当に貴方の実母は、織田(三条)美子ではないか、と考えてしまう行動ですな。本当に我がオスマン帝国に欲しい人材だ」
「それは過分な御言葉です」
鷹司(上里)美子とアフメト1世は、そのような会話を交わした。
そして、美子はオスマン帝国のカリフの下を辞去したのだが、余談が生じた。
この二人の面談は、非公式のモノだった。
その為に美子と磐子が二人で、アフメト1世の下に赴くことになり、更にその際には、美子と磐子は新しくカリフの下に仕える女奴隷という趣きで、ハレム内に入るという事態が生じた。
更に言えば、美子は以前にも述べているが、極めて妖艶な美女である。
そうしたことから、アフメト1世の傍を離れてハレムの外へ出ようとする際に、二人はハレムから脱走しようとする女奴隷と間違われる事態が生じたのだ。
更に言えば、磐子はアラビア語やトルコ語が分からず、美子にしてもそうアラビア語は上手くないし、トルコ語は分からない現実がある。
この為に事情を熟知している者が駆けつけるまでに、磐子がハレムの警護をしている武装兵、約20人程を素手で叩きのめす事態が起きてしまった。
磐子にしてみれば、自分や美子が脱走奴隷と間違えられたことから起きた自衛行動であり、アフメト1世も、磐子の行動は当然である、と不問に付したのだが。
この後、主にハレムを中心とするオスマン帝国内において、
「日本の女性は、ジン(幽精)のように強い。銃を持っていなかったとはいえ、刀や槍を持った男達が20人掛かりで一斉に襲い掛かったのに、一人の日本の女性に叩きのめされた」
という伝説が広まることになった。
そんな余談までも生じたが、美子はコーカサス(ヨーロッパ)バイソンの仔牛の干し肉を受け取った上で、柳生利厳と磐子と共に、日本へと無事に帰国することが出来た。
さて、日本に無事に帰国した美子は、まずは義父であり、現在の内大臣でもある鷹司信房に対して、この件についての報告を行った。
「北米共和国、ローマ帝国、オスマン帝国を無事に回ることが出来ました」
「それで、皇太子殿下の縁談はどうなったのだ」
「はい。徳川千江殿を、ローマ帝国の皇女、エウドキヤ女帝と皇配である浅井亮政殿の間の養女にした上で、日本の皇太子殿下と娶せたい、と徳川秀忠殿もエウドキヤ女帝も仰せです。又、オスマン帝国のカリフであるアフメト1世も、これに祝意を述べられましたし、武田家も暫くは沈黙する、とのことでした」
「何」
美子の報告に、信房は絶句せざるを得なかった。
信房は考えた。
北米共和国とローマ帝国が本当に協働して、徳川千江を日本の皇太子妃にしたいと望むとは。
そして、ローマ帝国の皇女として、日本の皇太子妃になるとは。
こんな話、それこそ世界中が驚愕する縁談、婚約になるのは間違いない。
更にそれに反対しそうなオスマン帝国や、北米共和国内で徳川家の政敵といえる武田家も文句を付けないとは、夢を見ているような事態ではないか。
これは、今上(後陽成天皇)陛下が、更に怒りを溜めそうな気がする。
いつの間に、このような縁談、婚約を息子、皇太子に調えたのだ、臣下の独断専行にも程がある、と喚き散らす事態が起きそうだ。
だが、こうなっては、今上陛下が幾ら怒っても、皇太子殿下は婚約せざるを得ないだろうな。
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