第72章―21
鷹司(上里)美子の言葉が終わった後、暫く考え込んだエウドキヤ女帝は、改めて言った。
「確かに独断専行の疑いはあるが、そなた(美子のこと)にこの話を持ち込んだ我が帝国の官僚は、それなり以上に我が国のことを考えた上で提言したようで、情状酌量の余地が大いにあるようじゃ。この件はこれ以上は追及せぬことにしよう」
「ありがとうございます」
エウドキヤ女帝の言葉を受けて、美子は素直に感謝の言葉を言上した。
「しかしな。朕の義理の姪になる徳川千江が将来の皇后になるのは、善きことかもしれぬが、北米共和国の大統領から徳川家が追われた(選挙で落選した)場合、ただ人の娘として、皇后から追われるのではないか、と朕は懸念を覚えるのだが」
エウドキヤ女帝は内心の奥底を、美子に垣間見せた。
確かに。
聡明な美子は、エウドキヤ女帝の言葉の裏を推量した。
そう懸念されても当然だ。
徳川秀忠が北米共和国の大統領から落選しては、ただ人の子ということに徳川千江はなる。
勿論、落選しても前大統領等として、それなりの名声は徳川秀忠に遺るが、日本の皇后陛下の父として考えるならば、ただ人の子になっては、皇后陛下に相応しくない等の陰口が起こるのでは、とエウドキヤ女帝は考えるのだろう。
だが、それならそれで、ローマ帝国を更に巻き込むまで。
19歳の美子はそれなり以上に頭を回転させて、言葉を発した。
「徳川千江殿を、ローマ帝国の皇室の一員に明確にしては如何でしょうか」
「どういうことかな」
美子の言葉に、エウドキヤ女帝はすぐには意味が分からなかったようだ。
「いえ、エウドキヤ女帝陛下と皇配の浅井亮政陛下の養子に千江殿を迎えられては如何かと。ローマ帝国の帝位継承については実子のみが有するとすれば、帝位継承の紛議も避けられるでしょう」
「それは思いもよらぬ考えよの」
美子の言葉に、エウドキヤ女帝は唸るような声を挙げた。
「世界第二の帝国の皇女殿下となれば、我が日本の宮中で軽んずる者等、誰一人としておりませぬ」
「ふむ」
「それにそうなれば、世界の三大国の協調関係が更に明確になると考えますが」
「確かに」
二人のやり取りは、それなりに進んだ。
「それから、エウドキヤ女帝陛下の御機嫌を大いに損ねることですが、予め申し上げておかねばならぬことがあります」
「それは何かな」
「日本の宮中では、今上陛下や皇太子殿下に宮中女官が侍るのが恒例であり、それがある程度は止むを得ないという事情です」
「何故じゃ」
美子の言葉は、改めてエウドキヤ女帝は不機嫌になった。
「ローマ帝国においては(男系)男子優先とはいえ、女性でも皇帝に即位でき、更にその女帝の子も当然に皇帝に即位できるそうですが。我が日本では中継ぎのような形で女性天皇が即位したことがあるとはいえ、あくまでも一時的なモノで、その女性天皇の夫も天皇で無ければ、その皇子が天皇に即位したことはありませぬ。つまり、本来は男系男子こそが天皇に即位できる条件なのです。これは、我が国の天皇制が、それこそ天照大御神の子孫であるという神話から成立したという事情等からのもの。それ故に今上陛下に男児がお生まれにならないのでは、皇統断絶の危機に瀕することになります」
「ふむ」
美子のやや長い言葉に、エウドキヤ女帝は唸った。
「ローマ帝国のように、女性天皇の子でも天皇に即位できるようにすればよい、とエウドキヤ女帝陛下は考えられるやもしれませぬが。それは日本の天皇制の伝統から考える限り、とても不可能な話です。そうしたことから、皇后以外に宮中女官も今上陛下の下に侍ることで、皇統断絶を防ぐのです」
「ふむ」
エウドキヤ女帝は、更に美子の言葉に不機嫌になった。
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