第72章―20
先に攻撃を行ったのはエウドキヤ女帝陛下だった。
「この度、私の夫の姪にして、北米共和国大統領である徳川秀忠の次女の千江を、日本の皇太子殿下と結婚させようという話を、我が国の官僚が持ち込んだとか。その官僚の具体名を明らかにせよ」
「まあ、一体、何故にでしょうか」
鷹司(上里)美子は、春風駘蕩で応えた。
「私はそのようなことは全く考えていなかった。そして、現在の帝国大宰相である藤堂高虎も、そのようなことは考えていなかったとのことだ。そして、これ程の重大事を独断でやるとは、断じて許されぬことだ。それ故にその者の氏名を明かせ」
エウドキヤ女帝は、美子を恫喝した。
それに対する美子の答えは冷徹なモノだった。
「まずはお伺いしますが。私はローマ帝国、更にはエウドキヤ女帝陛下に仕える身でしょうか」
「いや、そのようなことは言わぬ」
さしものエウドキヤ女帝といえど、美子が日本の宮中に仕える尚侍である以上、美子をローマ帝国のエウドキヤ女帝に仕える身だということはできない。
そんなことを公言しては、百害あって一利なしの言葉になる。
何しろ国力的には日本の方がローマ帝国より上なのだ。
それなのに、日本の尚侍は、ローマ帝国のエウドキヤ女帝に仕える身であると言っては、それこそ世界中から妄言と言われて当然の言葉になるし、日本政府等が怒って当然の事態を引き起こしてしまう。
美子は平然と答えた。
「私は日本の今上陛下に仕える身です。その勅命に背いて君臣仁義を破り、外国の君主に迎合する者が日本の宮中に仕える者の中におりましょうか。もし陛下が、ローマ帝国に仕える者が、外国の者からの問いかけに対して、帝国の機密を漏らしたら、処罰を為さって当然では。それと同様に、私は日本の今上陛下に仕える身です。エウドキヤ女帝からの臣下へのような御下問に、お答えはいたしませぬ」
「うっ」
さしものエウドキヤ女帝といえど、美子の言葉にぐうの音も出なかった。
実際に美子が言うのは全くの正論だった。
美子は日本の今上陛下に仕える身である。
だから、エウドキヤ女帝の問いかけに応える必要が美子には全くない。
「そうは言っても、明かせる範囲で明かすべきであろう」
何とか絞り出すように言ったエウドキヤ女帝の言葉に、改めて美子は言葉を返した。
「確かに仰る通りやも。私が話せると考える範囲でお話ししましょう。但し、具体名は伏せさせていただきます」
そう言って、美子は言葉を紡いで言った。
(尚、実際には全くの出鱈目である)
私の下に、ローマ帝国の複数の駐在日本大使館員から、日本とローマ帝国、更には北米共和国の親善を更に図るべきとの話が、何度か持ち込まれた。
更にはその方策として、徳川千江の名前が挙げられて、日本の皇太子殿下との婚姻はどうか、という話まで持ち込まれた。
それを聞いたことから、その大使館員らはローマ帝国最上層部の意向を踏まえている、と自分は推測して動くことを決めた次第である。
そんなことを美子は物語った。
「ふむ」
エウドキヤ女帝は、美子の言葉への考えに沈んだ。
確かに一理どころか、数理ある考えだ。
日本と北米共和国、更に我がローマ帝国が親善を図るべき、というのは最もな考えと言える。
更に言えば、ドンドン世界が物騒になっているのも事実だ。
反応(核)兵器の威力は徐々に増す一方だし、それを運搬するロケットや航空機の技術は長足の進歩を遂げていると言っても過言では無い。
かつては四発の大型戦略爆撃機でないと、反応兵器を運用できなかったが。
今では弾道ミサイル原子力潜水艦までもが実用化されつつあり、それこそ量産化を日本や北米共和国は検討しつつある。
そうしたことから、将来を考えれば。
少し分かりにくい文章になったので補足します。
美子は、あくまでも自分が推測しただけで、ローマ帝国の官僚はそういう意図は無かったのだ、私が誤解したのだ、とエウドキヤ女帝を誘導するやり取りをしています。
だから、次話以降の流れに繋がるのです。
尚、美子のエウドキヤ女帝への啖呵は、史実の後水尾天皇陛下の明正天皇陛下への譲位事件の際、中院通村が板倉重宗にきった啖呵を参考にしています。
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