第72章―18
そんな想いを護衛の磐子がしているのを無視して、ローマ帝国の現在の首都であるコンスタンティノープルに鷹司(上里)美子らはたどり着いた。
当然のことながら、この旅程が密行である以上は出迎えの人等は皆無で、美子らはコンスタンティノープルの近郊に居を構えている上里勝利の下を密やかに訪れることになった。
そして、美子は開口一番に勝利に叱責されることになった。
「キチンと儂にせめて話を予めしておけ。全く日本の皇太子殿下の縁談について、ローマ帝国最上層部が密かに動いているような話をねつ造するな」
「仰られる通りです。でも、伯父上ならば、私が黙っていても何とかして下さると信じていたので」
「儂を何だと考えている」
「龍の姉と虎の妹の間に生まれた劣りの狗という噂がありますが、狗では無く北欧のゲルマン神話に出てくる世界を滅ぼすフェンリル狼だと」
「せめて、人に儂を例えてくれ」
最初は義理の姪を叱っていた勝利だが、美子の予想外の答えの前に、何だか急に叱る気が失せたような言葉を最後には発して、二人の間に少し沈黙の時が流れた。
「ともかくだな。エウドキヤ女帝の意向を完全に無視して、ローマ帝国政府最上層部が動いているような話、噂を広めるな。お前で無ければ、帝国諜報部がお前の暗殺を行ってもおかしく無い言動だぞ」
「そんなに不味い話でしたか」
「エウドキヤ女帝は癇癪を爆発させている。帝国の皇帝である朕の意向を聞かずに無視して、帝国政府上層部は勝手に日本の皇太子殿下の縁談を進めたのか、とエウドキヤ女帝が、現在の帝国大宰相である藤堂高虎らを問い詰めた為に、少しでもエウドキヤ女帝の怒りを鎮めようと、取りあえずは藤堂高虎は自発的に謹慎する羽目になったのだぞ。全く19歳の小娘がやらかすことではないわ」
「19歳を小娘と言うのはどうかと考えますが」
「70歳を過ぎた儂にすれば、19歳のお前は小娘で充分だ」
義理の叔父姪は少し長い話をした。
「それで、伯父上はどのような対処を」
「詳しい話は姪の鷹司(上里)美子が行うので、今暫しの時間の猶予を、とひたすら言って、エウドキヤ女帝の怒りをやり過ごした。儂とて、姉の(織田)美子からの内密の連絡が無ければ、エウドキヤ女帝の怒りをやり過ごせぬところだったわ」
「流石は伯母上ですね。手抜かりがありません」
「そんな風に人を頼るな」
姪の美子の言葉は、ますます勝利を脱力させるモノだった。
「本当にエウドキヤ女帝の怒りを宥めてくれ。そうしてくれぬと、帝国政府の閣僚の半分のクビが文字通りに飛ぶ事態が起きそうだ。高虎に至っては、儂に命乞いの援けを求める手紙を送って来たぞ」
「そんなにエウドキヤ女帝は怖ろしい君主なのですか」
「惚けるのもいい加減にしろ。今の世界どころか、世界史上でも指折りの暴君、女性ならば世界史上最高の暴君という噂があるのを知らぬとは言わせぬぞ」
「いえ、私が例の(猪熊)事件で、男どもを南極送りにしたら、エウドキヤ女帝はシベリア送りで済むのに、尚侍は余りな処分だ、と公家の皆様に言われたので、エウドキヤ女帝は私より遥かに優しい御方なのか、と思っていました」
「比べる対象、事件を間違っているぞ」
二人は更にやり取りをした。
柳に雪折れなし、のような感じで美子が言葉を返すので、勝利は本当に美子は、姉の美子の血を承けていないのか、とまで思わず考えてしまった。
勝利の知る限り、エウドキヤ女帝を怖れさせたのは姉の美子だけだ。
その姉の美子のように、姪の美子はエウドキヤ女帝を全く怖れていないような態度を示している。
一方、美子の方は腹を括らざるを得なかった。
エウドキヤ女帝を何としても私は言いくるめる必要がある。
ご感想等をお待ちしています。




