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第72章―15

「確かに日本は衆議院総選挙、我が北米共和国では大統領選挙や議会選挙が行われる年に、日本の皇太子殿下と私の娘の(徳川)千江の縁談の話を公表するのは、それぞれの選挙が終わるまで、すべきことではないですな」

 徳川秀忠は、そう言った。


 そして、その言葉を聞いた鷹司(上里)美子は、それなりの欺まん言動をした。


「小督殿が、この件に積極的に関わっているやも、と秀忠殿は疑われているようですが。私は絶対に違うと考えますね」

「何故ですか」

「日本の皇太子殿下というか、今上陛下には複数の宮中女官、ざっくばらんに言えば、愛妾が侍るのが当然だからです。実際に日本では「皇軍来訪」があるまでの約200年に亘って、皇后陛下はいなかったという現実がありますから」

「そうなのですか」

 美子の言動に、何処までが演技なのか、秀忠は驚く態度を示した。


 この辺りは、(この世界の)秀忠の歴史知識不足としか、言いようが無かったが。

 

(史実でもほぼ同様だが)日本で皇后陛下が冊立されたのは、南北朝時代の14世紀が最後で、約2世紀に亘って、皇后(中宮)陛下は存在せず、その間は宮中女官が産んだ皇子が皇位を継承して来た。

 だから、(この世界で)近衛前久の娘の前子(史実では女御)が、今上(後陽成天皇)陛下の皇后として入内したのが、本当に久しぶりで大騒動になる事態を引き起こしていたのだ。

 

 だが、これはこれで、別の問題を引き起こすことになっていた。

 それこそ南北朝時代以前だったら、今上陛下に即位する皇子は、皇后、中宮、女御といった今上陛下の妻が産んだ皇子、親王が当然だった。

 だが、室町から戦国時代では、今上陛下の妻ではない宮中女官、具体的には典侍等が産んだ皇子が今上陛下に即位するのが当然になっていたのだ。

 更にそれが1世紀以上も続いていては。


 このために今上陛下が皇后陛下を冊立するというのは考えにくく、「皇軍来訪」後に制定された当初の皇室典範において、皇太子殿下は単に今上陛下の指名による、と定められる事態が起きたのだ。

 もし、皇后陛下の冊立が当然の時代だったら、皇室典範も皇后陛下が産んだ皇子、親王が皇位継承の最優先と明記していただろう。


 それに日本の皇位継承は、男系男子が大原則でもある。

 こうしたことから、皇位継承のリスクを減少させる為に、今上陛下には複数の女人が侍るのが当然という暗黙の了解までもある。


 こういった(この世界の)現実を踏まえて、美子は更なる言葉を紡いだ。

「小督殿が、自らの娘を嫁がせる相手が、愛妾を公然と侍らせるのに寛容になると思われますか」

「いえ、それはアリエナイですね」

 美子の言葉に、秀忠は即答した。


 実際、それを暗に肯定するような事態を、小督は引き起こしている。

 秀忠の愛人の妊娠に小督は激怒し、最終的に秀忠の愛人は上里家の下に逃げ込む羽目になり、産まれた男児は、美子の義姉(実母)の広橋愛の養子になって、広橋正之と名乗る事態が起きたのだ。

(尚、お産が難産だったこと等から、正之を出産する際に秀忠の愛人は亡くなった)


「それ故に私は血の繋がらない伯父が、ローマ帝国で密やかに動いた気がします」

「成程、それはありそうですな。エウドキヤ女帝も、その点ではうるさそうですから」

 少し声を潜めて美子は秀忠に言い、秀忠も暗に肯定した。


 血の繋がらない伯父、言うまでも無く上里勝利のことである。

 そして、秀忠も勝利が姉の美子や妹の和子に、決して劣らない政治家なのを知っている。


 それ故に本当は勝利は全く絡んでおらず、美子の独断専行なのに却って秀忠は気づかなかった。

 最も皇太子殿下の横恋慕が、玉突きの末に自らの次女の縁談になるとは、想像できないのが当たり前だが。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 小督さんもエウドキヤ女帝も、「王朝風=源氏物語みたいな世界」は許せそうにないでしょうね。 相変わらず、美子さん2世の欺瞞戦術(「消防署の方から来ました。」戦術、上手い。 [一言] 今更なが…
[良い点]  勘違いを加速させて更に煽るのでは無く「いやーそれはどうかと思いますよ」と若干のブレーキを入れる美子さん(^皿^;)やり口が凄えうまい!秀忠さんの身近な小督さんがこの嫁取りに関わってるとか…
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