第72章―14
「全くの初耳で驚いているのが、私の本音です。それにしても、何故に私の次女の千江を、将来の日本の皇后にしようという話が出たのでしょうか」
「正直に話せる範囲でお話しします。まず、今上陛下と五摂家の仲が、今は極めて微妙なのです。それ故に皇太子殿下の妃候補を選ぶのに苦労しています。五摂家に適当な娘はおらず、又、清華家も今上陛下と五摂家が不仲な状態で、自らの妹や娘を皇太子妃にするのを躊躇っているのです」
「そういう御事情があるのですね」
徳川秀忠と鷹司(上里)美子は、腹を割った会話を始めた。
「その一方、ローマ帝国最上層部としても、日本と改めて明確な友好関係を結びたいと考えています。ローマ帝国は専制君主制の国家である以上、こうした場合に君主なり王族なりの婚姻によって、日本との友好関係を明確にしたい、と考えたようです。とはいえ、その一方で、日本は神仏習合の国で、更に日本の今上陛下は天照大御神の末裔、子孫という伝承がある国、それこそ「全キリスト教徒の守護者」であるローマ帝国の皇帝の一族と婚姻関係を直に結んでは、それこそ宗教面で大問題になります。又、ローマ帝国の皇族が極めて少ないという現実もある。そうしたことから、一段、間を空けて、更に北米共和国を巻き込んで、ということから、徳川千江と日本の皇太子殿下を結婚させてはどうか、という話が内侍司に内々に持ち込まれました。幸いなことに皇太子殿下は14歳、徳川千江は13歳、本当にお歳のつり合いも取れた良縁と、私自身は考えて、改めて徳川秀忠殿の御意向を直に伺いたいと考えたのですが。如何なものでしょうか」
美子は、やや長めの説明を行った。
美子は考えた。
ローマ帝国最上層部は、今のところは全くの嘘だ。
だが、それなりにローマ帝国最上層部が考えそうなことを、私なりに混ぜ込んで話した。
秀忠殿は、私の言葉を何処まで信じるだろうか。
だが、秀忠は別のことを考えていた。
小督はこの件に何処まで関わっているのか。
完子のように私を無視して、千江の縁談を進めているのではあるまいな。
それ故に美子からすれば、ズレた会話が始まることになった。
「一つだけ伺いたいが、この件に私の妻の小督は何処まで噛んでいるのでしょうか」
「私は全く知りません。ローマ帝国最上層部から、日本の内侍司に内々の打診があり、ローマ帝国最上層部としては、三国の友好推進の為に善き話と考えます、とのことでした。それに先程、申し上げたように、この件は色々と問題が起きそうです。それ故に尚侍である私が微行して、徳川秀忠殿の意向を直に確認することにした次第です」
「そうですか」
美子の返答を聞いた秀忠は考え込んだ。
小督が勝手に暴走した可能性があるが、白を切られたらそこまでのようだな。
一方の美子は、思わず脱力する想いが内心で湧いてならなかった。
何で秀忠殿は、小督のことを此処まで気に掛けているのだろう。
夫婦内のことは、その夫婦内でないと分からないとは言うが、小督が噛んでいると考えるのは。
とそこまで考えて、美子は自らの失策に気づいた。
ローマ帝国最上層部が噛んでいるということで、小督が勝手働きをしたと秀忠殿は邪推したのか。
さて、この失策は、どんな結果をもたらすだろうか。
美子は固唾をのんで、秀忠の反応を待つしか無かったが、暫く経った後、秀忠はようやく口を開いた。
「この縁談を前向きに進めたいと考えます」
「それは良かったです」
美子はホッとした。
「ところでこの件を邸内に止めて欲しい、というのは両国の選挙絡みでしょうか」
「その通りです。目出度い話ですから、選挙が終わった後で落ち着いてから公表すべきです」
二人はそうやり取りした。
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