第72章―13
そんなやり取りを武田和子として、更に他の武田家の面々とアメリカバイソン肉をメインとする夕食を愉しんだ翌日、鷹司(上里)美子は徳川秀忠の下を、九条(徳川)完子の紹介状(及び九条幸家の副状)を持って訪ねていた。
普通ならば、北米共和国大統領である徳川秀忠を、急に訪問しても門前払いされるのが関の山ではあるが、徳川秀忠の長女になる完子の紹介状とその婿の九条幸家の副状があっては。
鷹司(上里)美子は、秘密裏に徳川秀忠に面会することに成功していた。
「急に会いたいとは何事かな。それも身元を偽ってとは、何か悪いことなのか」
「いえ。極めて良いことだと私は考えております」
事情を全く知らない徳川秀忠の言葉に、鷹司(上里)美子は韜晦するような言葉をまずは吐いた。
「ふむ。一体、何事を日本の尚侍様は持ち込んできたのかな」
「まず、この件ですが、何としても当面は密行しなければならないことです。だから、私が話した内容については、今年の晩秋の大統領選挙が終わるまで、この邸内で止めていただく必要があります」
「それ程の大事とは何かな」
二人のやり取りは続いた。
「ところで、徳川秀忠殿の次女の千江様ですが、既に縁談はおありでしょうか」
「トンデモナイ。それに、千江はまだ13歳になったばかり、それこそ長女の完子が勝手に結婚したことから、そんなことにならないように厳重に見張っていますが、そんな気配は欠片もありません」
「そうですか」
秀忠の言葉に、美子は悩んでしまった。
考えてみれば、完子の結婚はそうだった。
完子を日本に留学させることで、北米共和国と日本との修好を裏で図るだけの筈だったが、完子が九条幸家に幼恋をしたことから、伯母の織田(三条)美子が暗躍し、完子と幸家を結婚させたのだ。
美子は後で知ったのだが、完子と幸家の婚約が決まった際、秀忠は実父の儂の意向をほぼ無視して決めるな、と裏で大荒れに荒れたらしい。
何でも完子の婚約は小督が最も熱心で、舅の家康の承諾を得た後、夫の秀忠に婚約の一件が伝えられて、秀忠が幾ら何でも早すぎると難色を示したら、小督と家康がもう決まったことと押し付けたとか。
父と妻に逆らえない秀忠は、裏で荒れるしかなかったとか。
うーん、結局は伯母の織田(三条)美子と同じことを、私はやるのか。
表向きは美辞麗句に包まれているけど、実父の意向を無視して、縁談を持ち込むのだから。
人の好い美子は、この場に及んで、少なからず悩んだが。
皇太子殿下の醜聞を収めて、自分の身を護るため、と敢えて割り切って進めることにした。
「実はローマ帝国の最上層部の意向もあって、打診に参りました」
「本当に何事ですかな」
「貴殿の次女の徳川千江殿を日本の皇太子妃に、つまりは将来の皇后陛下にお迎えしたいとの話です」
「えっ」
美子の言葉に秀忠は肝を潰した。
尚、ローマ帝国の最上層部云々と言うのは、言うまでも無いが、この時点では美子の口からのでまかせに過ぎない。
だが、私の立場からすれば、この話を真実と秀忠は信じると美子は怜悧に考えたのだ。
「それは願っても無いこととお答えすべきですが」
何とかそれだけを秀忠は言い、懸命に頭の中を回転させた。
これは妻の小督が勝手に動いていたのではあるまいな。
そうでも考えないと、ローマ帝国の最上層部が自分の次女の千江を、将来の日本の皇后に等と考えて尚侍を介して話を持ち込む筈が無い。
千江は確かに良い娘で13歳になり、縁談の申込があってもおかしくは無いが、まさか日本の皇太子殿下との縁談とは。
妻の小督が千江に良い婿はいないか、と自らの兄や姉に相談して、亮政殿が日本の皇太子殿下との結婚を勧めたのやも、秀忠はそこまで考えた。
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