第72章―12
さて、武田家で鷹司(上里)美子をまずは出迎えたのは、美子からすれば実の伯母になる武田和子だった。
美子は擬装として、産後休暇が終わる前に微行で北米共和国の観光旅行に赴く、その際に武田家を身内として訪問したい、と電話で武田家に連絡していたのだ。
訪問した際には美味とされるアメリカバイソンの肉を食べたい、とまで美子は言い、和子はそれを素直に信じていた。
そのために和子は、約10年ぶりに逢った美子の最初のやり取りに驚くことになった。
「お久しぶりです。伯母様」
「本当に久しぶりだね。貴方の結婚式の際には、直に参列したかったけど、余りに大仰になるから、と皆に止められたからね」
「それはそうですよ。現役の北米共和国の大統領にその両親が参列するって、幾ら私の伯母夫妻とその子になるとはいえ、大仰すぎますよ」
そんな懐旧談をした後、美子は和子に対して、真顔になって言った。
「これから話すことは、絶対にこの邸内のことに止めて下さい。実は日本の皇太子殿下に縁談が持ち上がっています」
「縁談?何で私に話すの」
そこまで言った瞬間、和子の顔色が変わって、更に言葉を継いだ。
「まさか徳川家が絡んでいるの」
「その通りです」
美子は即答した。
「それは武田家としては潰したい話だね。徳川家が将来の皇室の外戚になる。それこそ裏の手口を使ってでも、の話になるね」
「ですから、私が密やかに訪問することになりました」
伯母と姪は緊迫した会話を交わしだした。
「この件を公にするのは、北米共和国の大統領選挙が完全に終わった後、具体的には今年の晩秋以降になる予定です。公にした後ならば、幾ら騒いでも構いませんから、どうかそれまでは沈黙を保っていただけませんか。それに武田家にしても、日本の皇太子殿下の縁談を選挙で悪用した、とは騒がれたくないでしょう」
「ふん、私の姉の美子の血を受け継いだみたいなことを言う」
鷹司(上里)美子の言葉に、和子は更なる皮肉を言った。
美子にしてみれば、溜息を吐くしかないが、とはいえ黙ることはできない。
「ローマ帝国最上層部からの申し入れもあって、徳川秀忠の次女の千江を、日本の皇太子殿下の将来の皇后陛下に迎える話が出ています。色々と屈託があるとは考えますが、武田家には北米共和国の大統領選挙が終わるまで、この件について沈黙して欲しいのです。それに下手に騒いでは、本当に武田家にとって逆効果になるでしょう」
美子は、懸命に説得の言葉を吐いた。
「そうなの」
和子は実は国際情勢に微妙に疎い、それ故に姪の言葉に騙されてしまった。
(そもそも論になるが、国際情勢に通暁していれば、かつての和子がスペイン本土、ジブラルタル攻略を図るまでの事態を引き起こさなかっただろう。
和子にしてみれば、国際情勢は力で何とでもなる代物だった。
そして、その感覚を未だに和子は引きずっていた)
「武田家が下手に騒いでは、それこそローマ帝国最上層部の心情を害しますよ。そうなると北米共和国内で色々と支障が生じるでしょう。例えば、兵器の欧州への売買とか」
美子は意味深な言葉を吐いた。
「やれやれ、本当に姉の美子と話をしているような気分になるね。分かったよ。大統領選挙が終わるまでは沈黙するよ。但し、先にこの件が周囲にバレたら別だよ」
「明け透けに言っていただいて、ありがとうございます」
和子と美子はそれで話を付けて、和子と美子は協力して、他の武田家の面々を説得することになった。
実際、この時点になっても北米共和国内では、欧州への兵器売却は、自国経済発展に必要不可欠だった。
だから、それに支障が生じるのは大問題で美子はそれを指摘して、この縁談への武田家の介入を阻止したのだ。
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