第72章―10
吉川広家外相とそんなやり取りをした翌々日、鷹司(上里)美子は護衛2人と共に北米共和国に向かうジェット旅客機に搭乗していた。
尚、偽名を使う等の様々なカバーを3人共に付しており、旅客機の乗務員からは、完全に一般の乗客扱いを受けている。
だが、出入国管理を行う担当者からすれば、この3人は完全にアンタッチャブルの存在で、手荷物検査さえも省略される人物、外交官特権を持つ人物扱いをされている。
何故にこんな事態になるか、というと、鷹司(上里)美子が外国に赴いているというのは、事が事だけに秘密を保つ必要があり、表向きは美子は自宅、鷹司邸で静養していることになっているからだ。
その為に美子は吉川外相に無理難題と言える談判を行ったのだ。
そんな裏事情があることもアリ、乗客が少ないことも相まって、他の乗客から少し離れた場に3人は座って、今後のことを密やかに確認した。
「まずは武田和子様を訪ねて、それから徳川秀忠様の下を訪ねるのですね」
「そうよ。磐子」
表向きは侍女、実は護衛である磐子に対して、美子は確認もあって、そう答えた。
ちなみに磐子は八瀬の出身で、伝説的存在の「天皇の忍び」の1人である。
磐子は美子が尚侍になる以前から、宮中で下女として働いていたのだが、美子が尚侍になって、暫く後で自らの立場を明かして、美子の侍女に転職したのだ。
「天皇の忍び」
様々な伝説に彩られる余り、真実がそれこそ八瀬内部でさえ、やや不明確になっている存在である。
その起源についても、八瀬内部でさえ複数の説がある有様だ。
磐子が信じる説によれば、南北朝時代に起きた正平の一統が破談になった際に、光厳上皇、光明上皇、崇光上皇、更に時の皇太子殿下であられた直仁親王が南朝に拉致された反省から、その時の治天の君であられた広義門院が八瀬の里に対して、新たに即位された後光厳天皇陛下を陰から守る存在、忍びを育てるように密かに命じたのが発端とのことである。
又、「天皇の忍び」はあくまでも陰の存在であること、できる限りは不殺を貫いて、相手に恨みを抱かさないように努めるべきこと等々の指示も広義門院から行われたとのことだった。
磐子も、その指示に未だに従っており、刃引きの小刀を懐に呑んでいるだけである。
そして、「天皇の忍び」の頭領だが、尚侍の美子でさえ知らない存在だ。
いや、美子の知る限り、内大臣の鷹司信房や元首相にもなる二条昭実さえ知らない筈である。
広義門院の遺訓に従い、完全に陰の存在に「天皇の忍び」に徹しており、「天皇の忍び」以外に頭領は誰なのか、それこそ今上陛下でさえ知らされていない、と美子は磐子から言われている。
そんな存在で良いのか、と美子は考えて、磐子に面と向かって尋ねたことがあるのだが。
免税を始めとする八瀬の里に対する重代の皇恩に「天皇の忍び」は報いるだけです、と磐子に美子は答えられて、その誠忠の純粋さに美子は恥じ入る想いをしていた。
ともかく、こうした事情から磐子は、今回の旅路にも美子の護衛として付従していた。
そして、もう一人だが。
「尚侍の微行に付き合え、と言われる以上は、それに従いますが。もう少し護衛を増やすべきでは無いでしょうか」
柳生利厳が、改めて意見を具申していた。
それこそ塚原卜伝から上泉信綱、更に柳生石舟斎へと伝えられた新陰流の道統を伝えるのが柳生利厳であり、一国一人の腕前の持ち主と謳われる存在である。
だが、時代の流れもあって、剣術は自らの心身を磨く剣道に変化していて、柳生利厳はそういったことから、宮中で主に剣道の武芸指導を行うようになっていたのだ。
そして、今回の護衛として、美子に柳生利厳は目を付けられた次第だった。
少なからず美子の護衛については趣味に奔りました。
裏設定等については、割烹で少し補足します。
尚、「天皇の忍び」については、この世界なりの設定ですので、史実とは異なります。
ご感想等をお待ちしています。




