第72章―8
鷹司(上里)美子は、内心では卒倒寸前になりながら、何とか義理の伯母である織田(三条)美子に対して、徳川千江を皇太子妃に迎える話についての説明を終えて、それこそ疲労困ぱいした状態で、伯母の下を去ろうとした。
その疲労しきった心の隙を衝くように、鷹司(上里)美子に対して伯母の声が響いた。
「待ちなさい」
「はっ、はい」
まだ何か言われるのか、完全に恐怖心に捕らわれた状態で、鷹司(上里)美子は即答した。
「一言だけ、忠告しておくわ。この件は、貴方の血のつながらない、生まれ故郷の近くに住んでいるおじを頼った方が良いと私は考えるわ」
「はい」
伯母の言葉に、鷹司(上里)美子はそう答えた後で、帰宅した。
鷹司(上里)美子は帰宅した後、一人で考え込んだ。
伯母は誰のことを言ったのだろうか。
私の生まれ故郷の近くに住んでいる、血の繋がらないおじって誰?
私の実母の家族は皆殺しにされた、と実母になる愛義姉さんから聞かされている。
そして、私の実父と養母の家族を考えていくと。
疲れもあって、すぐには美子は気が付かなかったが。
気が付いた瞬間に、美子は想わず悲鳴を挙げそうになり、口を慌てて抑えた。
伯母は、上里勝利のことを言っているのだ。
上里勝利。
70歳を過ぎたこともあって、ローマ帝国の女帝エウドキヤに対して骸骨を乞い、ローマ帝国の大宰相を辞任して、悠々自適の隠居生活を送っているが。
今でもエウドキヤ女帝に密奏できる立場にある有力者だ、と自分の下に情報が入ってくる実力者だ。
考えてみれば当たり前の話だ。
日本の皇太子殿下と、北米共和国の大統領の娘が結婚するという話を、ローマ帝国に対して何の知らせもせずに推進しては、エウドキヤ女帝がへそを曲げかねない。
何しろ徳川千江は、エウドキヤ女帝からすれば義理の姪(ややこしい説明になるが、エウドキヤ女帝の夫の浅井亮政の妹になる小督が産んだ娘の一人が徳川千江である)になるのだ。
更に言えば、エウドキヤ女帝の濃い血縁になる両親や兄弟姉妹は全て亡くなっており、そうしたこともあって、エウドキヤ女帝は夫の亮政の妹やそれが産んだ子を、自らの血を分けた妹や甥姪のように愛しんでいるとか。
そういった女性の縁談、お見合いを進めるのに、エウドキヤ女帝を無視して進めては、それこそローマ帝国の外相が、日本の宮中に怒鳴り込んでくる事態が起きかねない。
(鷹司(上里)美子は、エウドキヤ女帝の姉のアンナが、実は存命しているのを知りません)
これは、本当に上里勝利伯父様を介して、ローマ帝国上層部に内々に話を通さないと、後々で更なる問題が起きかねない。
鷹司(上里)美子は、自分が完全に気が付いていなかったことについて、伯母が忠告してくれたことに感謝しつつ、改めて冷や汗が流れるのを感じた。
汗まみれの身体に不快感を覚えたこともあって、召使いに命じて、風呂を沸かせて、鷹司(上里)美子は体を洗い、ゆっくりと風呂に浸かって、小一時間に亘って、自らの考えを改めてまとめた。
ともかく、自分が密行しないといけないのがつらい。
皇太子殿下を醜聞に塗れさせる訳にはいかない以上、秘密保持もあって、ほぼ単独で動くしかない。
自分の親友の九条(徳川)完子を巻き込んで、隠密裏に徳川秀忠殿に逢って、千江の結婚について内諾を得た上で、ローマ帝国に赴いて、上里勝利伯父様に仲介してもらって、エウドキヤ女帝にできれば直に逢って、皇太子殿下の縁談を進める必要があるだろう。
夫にも協力して貰うべきかもしれないが。
夫の政治的才覚は皮肉なことに舅と同程度で、本当に当てにする訳には行かないし、今回の件の発端が発端だから、黙っておくべきだろう。
美子はそう考えた。
えっ、鷹司(上里)美子は、徳川千江とエウドキヤ女帝の関係に頭が回っていなかったの、というツッコミの嵐が起きそうですが。
幾ら美子が頭が回るとはいえ、19歳の身では義理の伯母姪関係までには頭が回っていなかったのです。
(現実世界でも、そこまで遠い関係にまで気が回る人は、そういません)
それで、織田(三条)美子は、それに対するフォローをしたのです。
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