第72章―5
「しかし、外国人と皇太子殿下を結婚させるとして、誰を考えているのだ」
鷹司信房が、嫁になる鷹司(上里)美子に対して尋ねた。
「そうだ。そもそも将来の皇后陛下に相応しい家格というか、そういうのが無い女性であっては困る。それなりの名家の出身である女性を、皇太子殿下にお勧めすべきだ」
九条兼孝も声を挙げた。
それに対する美子の答えは簡明なものだった。
「私の義妹になる九条完子の実妹になる徳川千江は如何でしょうか。千江の父の徳川秀忠は、現北米共和国大統領で、その父になる徳川家康も北米共和国大統領を務めています。世界で二位、三位を争う大国の元首、それも二代に亘って務めた名家の娘とあらば、将来の皇后陛下として相応しいと考えます」
「うーん」
美子の言葉に、三人は揃って唸り声を挙げて考え込むことになった。
さて、世界で二位、三位を争う大国と言う言葉が出て来た。
この(世界の)1610年当時、世界で第一位の大国と言えば、文句なしに大日本連邦帝国だった。
だが、世界第二位の大国は何処か、といえば、北米共和国とローマ帝国が激しくしのぎを削っている現実があったのだ。
何しろ北米共和国は、それこそカリフォルニア周辺を除いた史実のアメリカ合衆国に加え、カナダを加えた広大な国土を領有する大国である。
それに対し、ローマ帝国もロシアやウクライナ、バルカン半島からイタリア半島、チュニジア以東の北アフリカ、レヴァント地方南部を領有して、シベリアを名実共に領土にしようと図っている大国だ。
この二か国のどちらが、世界第二位の大国と言えるのか。
かつては北米共和国の技術力もあって、北米共和国が世界第二位の大国と明言できたが。
ローマ帝国の急拡大と技術力の向上から、ローマ帝国はひたひたと世界第二位の大国に迫りつつあるのが現状だった。
「確かに世界第二位の大国の元首の娘ならば、皇太子殿下の正妻、将来の皇后陛下に相応しいと考えられるが。大統領で無くなれば、ただ人ではないか」
二条昭実は難癖を付けたが、姪の美子の方が上手と言える回答を返した。
「それを言い出したら、何故に九条幸家の正妻に徳川完子を迎えたのです。更に言えば、私も平民の娘に元はなりますが、鷹司信尚の正妻ですが」
「それはだな」
昭実は、この聡い姪の反論に対する言葉に詰まってしまった。
美子の言葉の裏に、グダグダいう人がいれば、それこそ摂家の何処かの養女に千江をすればよい、それこそ私や伯母の前例がある、という意図を察したからだ。
実際にそうなれば、誰も何も言えなくなるだろう。
これまでの先例を持ち出すことで、周囲を黙らせるのは、それこそ公家社会では日常茶飯事と言っても過言では無い。
摂家の養女だから問題ないとして、美子は尚侍に就任している。
千江が摂家の養女になり、それで、皇太子殿下の正妻になれば、少なくとも公家社会では誰も表立っては文句を言えない話になるのは、自明の理と言っても良い。
それに、と昭実は考えを進めた。
美子が何処まで自覚しているのか、それが分からないが。
千江を皇太子妃にということは、結果的にローマ帝国も巻き込むことになる。
それこそ千江の実母は、徳川(浅井)小督であり、小督は現在のローマ帝国の女帝のエウドキヤの義妹(エウドキヤの夫、皇配である亮政は小督の兄)でもある。
だから、千江は日本の皇太子妃に相応しくない等の難癖を付けては、北米共和国政府のみならず、ローマ帝国政府というか、ローマ帝国の女帝エウドキヤの激怒を引き起こす可能性が高い。
その結果がどうなるか、色々な意味で考えたくない事態になるのは必須だな。
昭実はそこまで素早く頭を回転させて、自分の脳内での結論に達した。
話中で描いたら、取り散らかったので省略しましたが。
鷹司(上里)美子と徳川千江(史実では千姫)は、旧知の仲になります。
それこそ10年前に、美子が北米の徳川家を訪問して以来の仲なのです。
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