第72章―4
「日本国内のみならず、世界中が大騒動になるでしょうが」
鷹司(上里)美子は、そのように前置きをして、暫く沈黙した。
「世界中とは大仰な話になるな。たかが皇太子殿下の結婚ではないか。精々が日本中が騒ぎになる程度だろう」
鷹司信房は、嫁の言葉や態度を揶揄した。
だが、二条昭実は、美子の態度に癇に障るモノを感じて、更にきつく言った。
「まさか、日本人以外を将来の皇后にするつもりか」
「はい。そう私は考えております」
美子は、昭実の言葉で踏ん切りをつけたのだろう。
そう美子は明言した。
美子からすれば、養父、叔父、舅の3人全員が、美子の言葉に呆然とした。
皇太子殿下の正妻、つまり、将来の皇后が外国出身になる。
そのようなこと等、3人共に考えたことが無かったのだ。
美子の放った言葉は、驚天動地、天地がひっくり返る言葉としか言いようが無かった。
美子の余りの言葉に、何分どころか、何十分程の時間が経った後で、ようやく昭実がまずは気を取り直して言った。
「仮にも尚侍が言って良い言葉ではない。外国出身の皇后等、決して認められぬ」
だが、その時間が却って美子に反論を考える時間を与えたようだった。
「何故ですか。それこそ尚侍は、今上陛下の御寝に侍ることも本来はある立場。それなのに、私の伯母の織田(三条)美子は、完全に外国出身でありながら、尚侍に就任していますが。尚侍は構わないが、皇后はダメというのは筋が通りません。外国に対して説明できません」
美子の言葉に、その場にいる他の3人は苦渋の表情を浮かべた。
実際にその通りなのだ。
織田美子に、本来の日本人の血が一滴も流れていないのは、世界中に知られた事実だ。
だが、宮中女官長の尚侍を務めていた。
又、尚侍は今上陛下の御寝に本来は侍るのだが、織田美子も鷹司美子も既婚なので、侍っていないだけである。
もし、鷹司美子が離婚なり、夫と死別なりすれば、今上陛下と寝所を共にするのが当然になる。
「それに結婚したら、外国人であっても日本人になれる、というのが、「皇軍来訪」以来の日本です。皇太子殿下と結婚すれば、外国人と言えども日本人になります」
美子は更なる追い討ちをかけ、3人の苦渋の表情は更に酷くなった。
実際に美子の言葉は筋が通っていた。
「皇軍来訪」から70年近くが経っており、日本人と結婚することで日本人になった外国人は、日本本国内に限っても数万人単位を軽く超えているだろう。
植民地や現自治領までも含めれば、数十万人単位になるのは間違いない。
そういった状況にあるため、日本本国内でも純粋な日本人と言えるのは減少傾向にある現実がある。
それに細かいことを言えば、摂家といえど純粋な日本人が占めているとは言い難くなっている。
何しろ九条幸家の妻の完子は、北米共和国出身になる。
又、鷹司美子にしても、実母は今でこそ日本人だが、元をただせばオスマン帝国人になる広橋愛になるのだ。
そして、完子や美子が産んだ子孫が、摂家出身の皇后として冊立される可能性はそれなりにある。
そうしたことを考え合わせれば、皇太子殿下と結婚する相手、将来の皇后を外国から迎えるという選択肢があってもおかしくない、という美子の主張を、3人共に頭から拒絶はしづらかった。
それに日本国内に、将来の皇后に相応しい摂家や清華家の女性が乏しい現実までがある。
更に言えば、数年前からの今上陛下と五摂家の皇位継承をめぐる暗闘から、適齢の女性がいる清華家は皇太子妃、将来の皇后を出すのに、現在は及び腰になっている。
そして、皇太子殿下の醜聞は、何としても喫緊の内に収める必要がある。
3人共に美子の言葉を受け入れざるを得ない、という考えに徐々に傾いていった。
少し補足説明を。
現代の21世紀日本とこの世界の17世紀日本では国籍に関する考えが違う、という大前提があります。
この世界の17世紀日本では結婚したら、妻は夫の国籍になるのが当然で、外国籍の女性も結婚して皇后になれば日本人という意識が当たり前に、この世界の日本の輿論ではあるのです。
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