第72章―3
さて、舅と嫁の会話があった翌日、二条昭実の邸宅に九条兼孝や鷹司信房が集まっていた。
そして、元内大臣2人と内大臣を前にして、鷹司(上里)美子は懸命に弁じたてることになった。
「私の従兄になる中院通村から、内密の連絡がありました。皇太子の政宮殿下は、私との結婚を夢見ており、そのためならば皇太子の地位を捨てても良い、と言っているとか。皇太子殿下の目を覚まさせるためにも、他の女性を将来の皇后に勧め参らせるべき、と私は考えます」
「それは本当か。我が九条家から将来の皇后を出せるのならば悦んで、と言いたいところだが。流石に子どもがいる以上、娘を甥と離婚させて、皇后にする訳には行かんなあ」
実の弟二人と養女(美子のこと)しかいないのもあり、兼孝は軽く言った。
尚、兼孝は皇太子殿下は恋のはしかに罹ったようなもの、すぐに目が覚めると軽く考えている。
だから、軽口を叩いた。
一方、二条昭実は渋い顔になって言った。
「通村は、本当にそこまでのことを言ったのか」
「はい。私の従兄になる以上、通村に何とかしてほしい、と頼んできたとも言いました」
美子の答えに、昭実の渋面は更に酷くなった。
昭実は少し考え込んだ。
美子の政治的手腕は得難いものだが、問題は男女の機微に全く疎いことだ。
美子は無自覚の内に(性的に)男を誘うような仕草をすることがある。
更に言えば、誘われる男の方が悪い、と美子は考えており、自分の仕草を直す必要があるとは、全く考えていないのだ。
以前に自分と美子が話をしたときに、それとなくこのことを注意したのだが、美子は、
「それこそ伯母様は、自分が10代後半のときに、祖父に裸で抱き着いても、祖父は自分に何もしなかった。そのように男は自制心をもって行動するのが当然、と伯母様は言われていました。私も同じ考えです。それに私が伯母と同じ行動をした訳でもないのに、そこまで言われるのは心外です」
と反論して来た。
実際に織田(三条)美子が、養父の上里松一を、そうしてからかったというのは有名な話だが。
それは上里松一が織田美子を娘として見ていたからであって、年頃の男に対して、鷹司美子があのような態度を取っては、誘われていると誤解する男が出るのが、むしろ当然だ。
しかも、美女とは言い難い織田美子と異なり、鷹司美子は性的にも魅力的な20歳前の美女なのだ。
下手に中等部を卒業する前に、鷹司信尚と結婚して家庭を築いて、更に女の園である内侍司に尚侍として勤めたことから、美子は自分の仕草を悪癖として修正する必要を感じなかったようだ。
それが、厄介な事態を引き起こしている。
皇太子殿下が、美子に想いを寄せる余りに、皇太子の地位を捨てても良い、とまで思いつめられたのに、美子は責任を全く感じていないようだが、自分の見るところ、美子にも責任の一端がある。
美子は自分の想いを受け止めてくれる、と美子の仕草から皇太子殿下は誤解したのだろう。
となると、美子にこの件の処理を試みさせるのも、良いかもしれぬ。
それに美子から皇太子殿下に別の女性を将来の皇后に、と勧めさせれば、美子には皇太子殿下と結婚するつもりが無い、と皇太子殿下の目が早く覚める一助になるだろう。
昭実は、そこまで素早く頭を回転させた上で口を開いた。
「君の口ぶりからすれば、誰を将来の皇后にすべきか、考えがあるようだが。誰を考えているのだ。仮にも将来の皇后だ。摂家か清華家の女性でないと、将来の皇后に据える訳には行かん。又は、宮家から皇后を出すことを考えているのか」
「私の考えですか」
昭実の詰問するような口調に、美子は躊躇うような素振りを示しつつ言った。
「正直に話したまえ」
昭実は強く言った。
想ったより描くのが長引きました。
鷹司(上里)美子の考える皇太子妃候補を明かすのは、次話になります。
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