第72章―2
その一方で中院通村としては、自らの従妹にもなる鷹司(上里)美子に、皇太子になる政宮殿下の想いを、それこそ膝詰めまでして伝えざるを得ない事態になっていた。
中院通村と鷹司(上里)美子は実の従兄妹関係であり、更に中院通村の実父、鷹司(上里)美子の叔父になる中院通勝を介して、共に古今伝授を机を並べて学んだ兄妹弟子の関係にもなる。
(これは、中院通勝が昨年の1609年以来、それこそ命に係わる長患いに掛かったのも一因だった。
このために中院通勝は、生きている間に伝えられる限りのことを息子の通村に、又、師である細川藤孝の頼みもあって、鷹司(上里)美子に伝える事態が起きた。
更に余談に近いことになるが。
何とも皮肉なことに1610年中に中院通勝も、細川藤孝も亡くなる事態が起きた。
そのために細川藤孝から中院通勝に伝わった古今伝授は、中院通村と鷹司(上里)美子の二人だけが受け継ぐ事態が、結果的に起きることになった。
尚、細川藤孝は、中院通勝以外に八条宮智仁殿下他にも古今伝授を伝えており、更に弟子同士でも古今伝授の内容が微妙に異なり、後にそれぞれの校合が図られることになるのだが。
それが述べられるのは、遥か先のことである)
ともかく、そういった事情から、中院通村と鷹司(上里)美子は、ある意味では実の兄妹以上の兄妹弟子であり、それこそ肝胆相照らす仲でもあった。
「本当に何とかしないと、皇太子(政宮)殿下は皇太子の地位を捨てると公然と言いかねない」
「流石にそれはないのでは、とは言えない状況のようですね」
中院通村の言葉を聞き、鷹司(上里)美子は溜息を吐く想いで、そう言わざるを得なかった。
「でも、実際にどうする」
「他の女人と、皇太子殿下を結婚させるしかないでしょう」
「しかしだな」
中院通村と鷹司(上里)美子のやり取りは続いたが、中院通村にしてみれば、無理を言うな、そんな女人が何処にいる、という状況にある。
「私なりにやれる限りのことをやってみます。通村殿は、私に協力していただけますか」
「言うまでも無い」
美子の言葉に、更にその裏に秘められた気迫を感じた通村は即答せざるを得なかった。
「数か月は時間が掛かる、と私は考えますが。それに皇太子殿下の勉強が本格化して軌道に乗るのに、それ以上の時間が必要不可欠でしょうから、何とかなるとも考えますが。思わぬことが起きぬように、皇太子殿下には目を配って下さい」
最後にはそう通村に念押しして、美子は動いた。
さて、美子はまずは義父になる内大臣の鷹司信房を動かした。
「そろそろ皇太子殿下の結婚、将来の皇后陛下を決めるべきと考えますが、如何でしょうか」
「悪くは無いが。適当な女人がいるのか」
美子の言葉に、信房はやや冷淡な態度を執った。
実際問題として、信房の脳内では皇后となると、それこそ摂家か清華家の出身というのが、これまでの前例から当然という考えがある。
更に言えば、この当時、14歳の皇太子殿下が将来、皇后に冊立するに相応しい女人が、少なくとも摂家には事欠いているという現実があった。
信房にしてみれば、そうした現実からすれば、必ずしも皇太子殿下を結婚させて、将来、皇后を冊立させる必要は無い、という考えになっていたのだ。
だが、美子にしてみれば、それこそ皇太子殿下に醜聞沙汰が起きないようにすることが重要である。
(尚、信房はそこまでの事態が、皇太子殿下に起きているとは考えていない)
「私なりの良い考えがあります。九条兼孝殿や二条昭実殿を集めて、私の考えを話して、その上で他の方々にも話したいと考えますが、協力をお願いします」
「分かった」
美子の裏の気迫を密かに感じ、信房は同意させられた。
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