第71章―20
さて、こういった感じで世界初の人工衛星を積んだ宇宙ロケットの打ち上げ成功は、様々な余波を世界各国に引き起こしていくことになるのだが、ローマ帝国の最上層部ではどうだったかというと。
「義妹の結婚の祝いが、ここまで大きく育ってくるとは。本当に思いませんでした」
「確かにその通りだな」
そんな会話をエウドキヤ女帝と皇配の浅井亮政は、世界初の人工衛星を積んだ宇宙ロケットの打ち上げ成功の一報を聞いた後で、夫婦で交わすことになった。
「最初の人工衛星は重さ80キロとのこと。それならば、そう時を置くことなく、人を宇宙空間に打ち上げることが出来そうですね。何しろ人の体重ですが軽い人は60キロも無い人が稀では無いですし」
そんな感じで気軽にエウドキヤ女帝は言ったが。
夫である浅井亮政にしてみれば、それは余りにも楽観的過ぎる考えだった。
「気持ちは分かるが、まだまだ数年は先のことだな」
そう浅井亮政は妻を諫めるような口調で言わざるを得なかった。
「どうしてですか。80キロの人工衛星打ち上げに成功したのですよ」
「人口衛星だから何とかなったのだ。人を宇宙に送り込むとなると、それなりの宇宙船を建造する必要がある。それこそ無重力で極寒の宇宙空間で人が生きられる宇宙船でないといけないし、更に言えば、地球から宇宙船を送り出すとなると、それなりどころではない重力や高熱に耐えられて、尚且つ中の人が生きて宇宙に赴けるだけの宇宙船をロケットに搭載する必要がある。それこそ我が国の科学者の意見を信じれば1トンを軽く超える宇宙船になるとのことだ。そんな宇宙船を打ち上げられるだけのロケットが開発、建造できるのは、まだまだ先のことだ。だから、まだまだ先のことになるのは間違いない」
妻の疑問に、そう浅井亮政は長広舌で懸命に説くことになった。
「そんなものなのですね。でも、私の孫の縁談が出る頃ならば、何とかなるのでは。いえ、月にまで人類はたどり着けるのでは」
「気が早い話をするなあ。まだ、孫が男女どちらかも分からないのに」
「でも、皇太子のユスティニアヌスに子どもができるのは事実で,その子に縁談が持ち上がる頃ならばできるのではありませんか」
「確かにそうだな。もしかすると、自分達の曾孫は宇宙に住むかもしれないな」
「そうなるかもしれませんね」
夫婦の会話は、それで一旦は終わり、お互いに心の中で考えた。
今、二人がいるのはコンスタンティノープルだが、皇太子になるユスティニアヌスは、皇太子妃のマリナと共にモスクワに住んでおり、別居生活を親子は送っている。
これはローマ皇帝という形式と、ローマ帝国が実際にロシア、ウクライナまでも統治している実態から生じた事態だった。
(後、特に皇太子妃のマリナにしてみれば、義母のエウドキヤ女帝は畏怖すべき相手であり、できる限り離れて住みたがったという、エウドキヤには明かしづらい事情もあった)
そして、皇太子妃のマリナが妊娠したという知らせが、女帝夫妻の下に届いていたのだ。
浅井亮政は想った。
ユスティニアヌスとマリナの間の子に縁談が持ち上がる頃となると、1620年頃になるか。
確かにその頃に成れば、ほぼ確実に人類は宇宙に赴ける気がする。
だが、月にまで本当にたどり着けるだろうか。
エウドキヤも、又、考えた。
私は10歳の頃まで、モスクワのクレムリンで籠の鳥のような生活を送ったが。
それから40年余り後に生まれてくる初孫は、宇宙に赴ける日を夢見て暮らせるのか。
本当に何時かは建物の外に出たいと考えていた自分と、余りに違う想いを抱きつつ、孫は育っていくことになるな。
でも、きっとそれは現実のことになる。
エウドキヤはそう考えた。
これで第71章を終えて、次から5話は第12部のエピローグになります。
尚、感想欄で少しネタバレしてしまいましたが、エピローグは1606年3月が舞台で、鷹司(上里)美子の出産に伴うドタバタの話になります。




