第71章―4
そして、トラック諸島の現地における最高指揮官と言える各国共同の宇宙ロケット基地の司令官だが、結局のところは世界三大国につながる縁があることから、陰では色々と言われていたが、ローマ帝国の上里秀勝が就任していた。
上里秀勝は、言うまでもないことかもしれないが、今ではほぼ隠居しているが、ローマ帝国の名目上の初代大宰相の上里勝利の養子であり、日本の初代首相を務めた織田信長とその妻で元尚侍の織田(上里)美子の四男になる。
(尚、上里勝利がローマ帝国の名目上の初代大宰相と呼ばれる由縁だが、ローマ帝国の実質上の初代大宰相は竹中半兵衛だという考えが、エウドキヤ女帝以下のローマ帝国上層部内では強く、上里勝利自身もそれが正しいと認めているからだった)
そして、現在の北米共和国の大統領を務める武田信光からすれば、上里秀勝は母方の従兄弟になる。
(武田信光の実母は武田(上里)和子であり、織田(上里)美子の異父妹になる)
更にその妻は浅井長政夫妻の長女である茶々で、浅井長政夫妻の長男である浅井亮政がローマ帝国女帝のエウドキヤの皇配であることから、エウドキヤからすれば義弟と呼べる存在だった。
それにこの縁を辿れば、次期の北米共和国大統領として最有力視されている徳川秀忠の妻の小督が茶々の妹であることからすれば、上里秀勝は徳川家とも縁がある存在と言え、北米共和国からすれば、上里秀勝がトラック諸島の宇宙ロケット基地の司令官になるのに難癖を付けにくい人材だった。
そして、日本にしても、上里秀勝は色々な意味でトラック諸島の宇宙ロケット基地の司令官になるのに血筋的には文句を言いづらい相手である。
だから、ローマ帝国からのトラック諸島の宇宙ロケット基地の司令官には上里秀勝を、という提案を日本も北米共和国も受け入れる事態となったのだ。
更にそれ以外の国も、上里秀勝の背景を知る程に、宇宙ロケット基地の司令官に上里秀勝が成ることに文句を言いづらくなった。
例えば、オスマン帝国にしてみれば、1585年のローマ帝国復興戦争における救国の恩人と言える織田美子の実子に上里秀勝は成る。
日本が上里秀勝の宇宙ロケット基地の司令官就任に賛成しているのに、オスマン帝国が反対と言いづらい話になるのは、ある意味では当然だった。
(他の欧州やアジア諸国等も、これまでの歴史的経緯から大同小異の反応だった)
さて、こういった背景からトラック諸島の宇宙ロケット基地の司令官に、上里秀勝は就任しているのだが、実はもう一つの理由があった。
「それにしても、赤道のほぼ直下といえるトラック諸島で仕事ができるのは有難い。それに自分の趣味も満足できる」
「ええ、兄夫婦に頼んだ甲斐がありました」
そんなことをトラック諸島に赴任する際に、上里秀勝と茶々は話し合うことになった。
上里秀勝は実の両親である織田信長夫妻には似ずに幼い頃から病弱であり、大人になるまで養父母の上里勝利夫妻を心配させ続けた身だった。
それ故に軍人どころか、官僚の路さえも歩まずに、秀勝は宇宙に関する様々な研究を行う科学者の路を歩むことになったのだ。
科学者ならば暖かい部屋の中で基本的に過ごせる、と自分や周囲が考えたのだ。
(更に言えば、科学者に成れば、政治紛争に巻き込まれずに済むという利点もあった。
大宰相の養子にして女帝の縁者、という立場は政治紛争に巻き込まれやすい危険な立場だった)
そして、秀勝は宇宙科学者として生きてきて、政治には関与していないために、宇宙ロケット基地の司令官に推挙されて周囲も納得したのだ。
更に秀勝にすればトラック諸島は常夏の気候といえて、自分の健康面でも満足のいく赴任地と言えたのだ。
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