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第70章―21

「シベリアの大地は基本的に人が極めて少なく、毛皮が手に入るとはいえ、余り探査に力をいれても、と考えることもありますが、エウドキヤ女帝陛下のお考えを伺ってもよろしいでしょうか」

 羽柴秀頼には誰か分からない文官が、不思議そうに尋ねた。


「朕も、もうそれなりの歳になるからな。生きている間にモスクワから北極海経由で日本まで直接に船で赴きたい、という理由では行かぬか」

「行かぬとは申しませんが」

 エウドキヤ女帝陛下はそう即答して、文官は言葉を濁した。


 羽柴秀頼は、エウドキヤ女帝陛下の年齢を思い起こした。

 エウドキヤ女帝陛下は1560年の生まれの筈で、現在は45歳になる。

 まだまだ若いという見方もできるが、北極海航路を開設してアルハンゲリスクから東京まで直に船で赴くとなると少なくとも後5年、更にモスクワから外洋に出られるような運河の開削に必要な時間までも考えあわせれば、どう短く見積もっても後10年は掛かるだろう。

 そうなると、エウドキヤ女帝陛下は50歳代半ばを過ぎられることになる。


 最近の医学の進歩は著しく、それこそ伝染病の一部はペニシリン等の抗生物質を投与することで治療が行われるようになるまでになっている。

 そうしたことから、世界的にも平均寿命は長くなる傾向が起きていて、例えば、日本では古来、稀なりという理由から、数えの70歳になると古稀の祝いをしていたが、最近では何処が稀なのか、と言われて余り祝われなくなっているらしいとまで、自分は聞いている。


 だから、エウドキヤ女帝陛下が、そう焦られることは無い、と自分は考えるが。

 エウドキヤ女帝陛下にしてみれば、自らの父が53歳で亡くなっていて、母に至っては30歳で亡くなっていることを考えれば、更に自分の兄弟姉妹の中で生きているのは自分だけということを考えると、自分もそう長生きは出来ないと危惧されているのだろう。

 羽柴秀頼は、そんなことを脳裏で思い浮かべた。

(羽柴秀頼は、前田慶次の妻のアンナが、実はエウドキヤ女帝陛下の姉なのを知りません)


「後、見知らぬ大地にキリスト教、東方正教を広めたいという想いもあるのだ。それこそオスマン帝国のカリフが中央アジアから東アジアまで、懸命にイスラム教スンニ派信徒を増やそうと努力していると伝え聞く。キリスト教の守護者たるローマ帝国の皇帝としては、それに負ける訳にはいくまい」

「確かにその観点はありませんでした」

 エウドキヤ女帝陛下と文官のやり取りは続いた。


 羽柴秀頼は想った。

 中央アジアではイスラム教徒が多数派とはいえ、その中にはシーア派等も含まれているし、東アジアに至ってはチベット仏教や儒教、道教、更には上座部仏教や大乗仏教といった宗教勢力が強い。

 そうしたことから、同じトルコ系民族や更に遊牧民族つながりからモンゴル系民族に対する縁を駆使して、オスマン帝国のカリフは、中央アジアや東アジアにおいて懸命にイスラム教スンニ派信徒を増やそうと努力しているらしい。

 ローマ帝国のシベリアへの侵出は、それに対抗するという側面もある訳か。


 考えてみれば、日本が南北米大陸や豪州等に侵出したことから、それこそ世界人口の大半が大乗仏教徒という時代が目睫に迫っている。

 日本人の多くが大乗仏教徒だからだ。

(この辺りは羽柴秀頼の誤解があった。

(この世界では)日本人の多くが神仏習合と言って良く、単純に仏教徒とはいえない存在だった)


 それこそ数百年に亘る東西教会の統一を果たした女帝として、更にキリスト教の守護者という立場にある者として、エウドキヤ女帝陛下としては東方正教を世界に広めることに懸命に注力しない訳にはいかないということか。

 そう羽柴秀頼は考えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 官僚が君主に疑問点を率直に尋ねる事が出来るのは良い事だと思います。有能な君主が居ればトップダウンは能率良いですが、トップダウンだけだと往々にして能率が悪くなります。
[良い点]  合理からシベリアの無人の凍土を手に入れる労力に些かの疑問を持つ名もなき文官と自身の人生の終焉を前に帝国の進捗する歩みを止めさせたくない女帝(´-` )小さなひとコマの中に理性と情熱のせめ…
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