第70章―10
モスクワ近郊というか、ロシアの内陸部というのは、実はそんなに深くは雪が積もらないらしい。
日本から来たある土木技術者の人はそう言った。
自分からすれば、こんなに積もっているのに、と思うような深さの雪であっても、その人は、1メートルも積もらないような雪は、自分にとっては積雪には入らないとさえ言った。
その人の故郷では、雪が5メートルも積もったこともあるそうで、自分は驚くしかなかった。
(余談ですが、モスクワの平均年間積雪量は80センチに満たないそうです)
他にも北米共和国の技術者からは、アラスカやカナダ北部という地域で行われた厳冬期の運河建設や維持の工事を実際に行った経験を踏まえた防寒対策(それこそ工事に従事する作業員等の健康を維持するために必要な衣食住は、どのようなものが必要なのかといったこと等)が伝えられて、モスクワ運河建設は進められることになった。
そして、そういった日本や北米共和国から教えられたことまでも踏まえて、様々な雪や寒さ対策を行った上で、厳冬期であってもモスクワ運河の建設工事は行われることになった。
更に言えば、こうした雪や寒さにも関わらず、トラック等のみならず、様々な土木機械が動くのは壮観としか言いようが無く、自分のみならず、この運河建設工事に関わったモスクワ大公国の住民のほとんどが驚くことになった。
(というか、土木機械が厳冬期に動かなかったら、1605年中にモスクワ運河が完成すること等、絶対に不可能なことだった)
そうモスクワ運河工事には、それこそ日本や北米共和国の技術者集団も加わり、更にモスクワの市民やその近在の住民も参加する大工事だったのだ。
更に、その工事に参加した住民には惜しみなく賃金が、ローマ帝国政府から支払われた。
それは旧モスクワ大公国の貴族に対しても同様だった。
だからこそ、最初は渋々参加した貴族達も積極的に協力する事態が起きたのだ。
これは最初の頃は、自分にしてみれば驚きの事態だった。
それこそ賦役という形で、こういった運河等の建設工事には住民を無償で働かせるのが当然、下手をすると囚人を強制労働させて行うモノという意識が自分にはあったからだ。
だが、羽柴秀頼殿は、そういう自分の考えをたしなめると言うよりも叱るように言われた。
「人を働かせる以上、正当な賃金を支払うのが当然だ。それは国の為にやる事でも当然だ。だから、この工事に従事する人には、賃金をそれなり以上に払うべきだ」
実際に羽柴秀頼殿の言葉は間違ってはいなかった。
頑張れば賃金が更に支払われると知ったこの工事に従事する住民、特に貴族達は懸命に働くようになったからだ。
それは自分の母も同様だった。
それこそお姫様だった母にしてみれば、このように働けば賃金が出るというのは初めての経験だった。
それ故に驚き、却って母は頑張ることになった。
モスクワ運河完成直前の頃になると、母はここまで言うようになった。
「それこそ最悪の場合、運河建設の労働者の慰み者になるとまで覚悟していたけど。そんなことはなく、自分も他の人と協力して運河建設に尽力して、賃金を稼いで自活するという事を学べた。そして、娘が眠り、夫があの世に旅立ったモスクワに水を届ける一翼を担えた。天国で娘に逢える日を心から楽しみにできるわ」
自分も母に共感した。
一部の人からは、母や私は洗脳された、転向してしまった、と言われるだろう。
でも、働かないと生きていけないし、働けばそれなりに賃金が支払われて生きていくことができる、そうやって自分と母はこれからは生きていくしか無いのが現実だ。
自分や母は、このモスクワ運河建設に従事することで、そう考えるようになった。
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